彼方より吹く風に
                           [Ondine 〜 Fromage]


  久方ぶりに、不意を衝かれた。
  Manaのフルートとヴォーカル…丸3年も出会っていなかったその音色に、処も違え、再び巡り会ってしまうとは。…勿論、遠からず出会う筈の「約束」はこの春になされていた。その「約束」の実現が何時になるのか知り得ぬままに居て、…そして、彼は突然現れた。
  二度、三度と聞き返すうち、僕は奇妙な事に気付いた。いや、否応無しに思い出してしまったのだ。何故、京都のグループがプログレっぽくなると、ユーロロック、それもジャーマンロックぽくなってしまうのだろうか?…と。ノヴェラ然り、アイン・ソフ然り、あのブレイン・バンク(原注。当時の友人であったインディーズ。シェヘラザード立ち上げ当初のメンバーが在籍していた)ですらそうである。クラスターやノヴァーリス、アシュラ・テンプルなどといったジャーマンロックに一種独特な、メロディとリズムの「錯合感」が、何故か京都のプログレには存在する。それは得体の知れぬ「雅」を装って僕の耳に届く。昔から、僕はその違和感に戸惑いながら、彼らの音を好んできた。彼らの音が共通して所持する、時に対する「切なさ」…今、この一瞬に流れ去る時に込められた無意識的な「哀惜」の感覚が、たとえどんなに激しい音のさなかにあろうと、僕を不思議と憩わせていたのである。
  Mana…フルートとヴォーカルでもってロックするかと思えば、生ギターとパーカッションで甘くフォークを唄うマルチプレイヤー…のみならず、自身のアトリエで陶芸にも打ちこむ、彼はマルチクリエイターである。全く、天は奇妙な才能をたった一人の男に与え給うた。その彼も最早「三十路」である。どーてもいーが、時の経つのは早いものだ。初めて彼を目のあたりしてから、もう6年にもなるのだ。
  しかし、Ondine、Selene、…何故、彼は己の手の届かぬ女性にばかり呼びかけるのだろう。そういう耳で聞けば「Extermination」は地母神・ガイアへの繰り言であり、「Inspiration〜」は天秤を吊るす裁定の女神ケレスへの訴えである。…不思議な話だ。もっとも、彼にとって生身の女性は手に入らない筈が無い…ものであるせいかも知れぬ。
  イエローキャブ(これが彼のフォークデュオの名である)には、「おかあさん」という佳曲がある。一体彼にとって…いや、僕も含めて、男にとって、女とは一体何なのだ? …時を越え、空間を越えて届いた彼らの音を前に、僕はとりとめのない考えの中に酔いつぶれた……

                                                                    (1984.8.28)