最早、全ては「ないものねだり」…
                           ［ひこうき雲　〜 荒井由実］


　　この想いを何と名付けよう。
　　９年前…　自分が今までに経てきた時間の３分の１強を占める重みを取り払った後に残っているもの…　自分にとって、この９年間の、全ての起点と云ってさえ過言でない、あの日々…
　　何も思い出せはしない。思い出す事さえ、最早出来ない、あの時期…　自分と、自分を取り巻く「空間」が初めて「意味」を持ち、そこに付与されてくるあれやこれやが、恐ろしく加速され出したあの頃…
　　「人生なんて、そんなに考え込むほど難しいもんじゃない…　かといって、考えただけでわかるほど、単純でもない…　」
　　…一体、何だったんだろう、あの時期は一体、僕にとって…？

　　荒井由実…　現姓、松任谷由実。
　　自分よりも若干４歳年上の彼女が、１９歳の誕生日を記念して作り上げたこのアルバム…　一人の女の子にとって、殆んど残酷に流れていく時間の中で、彼女が作ってしまったものと、それを受け取ってしまったもの…　惜しむらくは、何故、彼女にその後を続けさせたか…　今、彼女は３０歳になろうとしている。二十歳で自分につながれた糸、いや「紐帯」を引き千切る事を敢えてした山口百恵に比べて、この無様さはなんてことだ。
　　このアルバムが光るのは、それが彼女にとって“Ｆａｖｏｒｉｔｅ Ｈｏｂｂｙ”だったからに他ならない。その裏側には、僕が追い求める「二十歳の少女」という命題が存在している。彼女にとって、「二十歳の少女」は有り得なかった。だからこそ、彼女はこのアルバムを作ったのであり、…そして、彼女がその後もアルバムを作り続けたのは、彼女がそうしたかっただけの事である。…となれば、後は受け取る側の問題になる。一体誰が、彼女に何を求めて、彼女の歌を聞き続けてきたのか。

　　荒井由実のアルバムを、僕はこれ１枚しか認めない（２ｎｄ．の「ミスリム」には、少し残心があるが）。勿論、それは僕の問題だが、良く考えてもらいたいのは、僕よりも若い人達である。何を求めて彼女の歌を聞こうとしているのか、果たして彼女の歌を「必要」としているのか…　それを想うと暗澹たる感が胃の底に重く溜まってくる。
　　多分、だまされたのだ。あの「空と海の輝き」に。　本当は、それは他人事には済まされない筈のことなのだが。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　  　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１９８３．１１．６）