暗光の中に[In the Dark Light]

[密航〜佐井好子]


 ジャケットを見た時、聞こえてくる音があった。

 それは紛れもなく、一つの流れに沿うて、自分の耳にまで届いてきた筈のものであり、そのたゆたうが如き流れは、自分の記憶の中には求められるべくもなく、ただ一つ間違えようもなく明白であるのは、自分の言葉でそれを表現できる語彙は僅かに一つ… 「予感」であった。
 更に言えば、それは「予め」感じたのではなく「預感」…「預けられて」感じたのである。このジャケットを見、音を聞き、そしてその事によって、自分の中に奥深く封印された感覚が甦るのを、僕は他人事のように凝視めていた。下方へ、下方へと僕自身を導き、上方から幽かに射し込む光が次第次第に薄れていくと、自分の周囲に、そう、それはまるでマリンスノーのように、ボッと頼りなく灯る小さな光がいくつもいくつも漂っているのに気付いた。それは見る間に僕の視界を埋め尽くし、稠密な光の空間が構成されたと思った瞬間、その光は「裏返った」!…
 それは闇ではなかった。大きく見開かれた僕の両眼に連なる視神経は、満溢する光の存在をビンビンと感じていたし、何よりも、その光が一つの流れを成している事が感じられたのだ。そして、その光に照らし出されるというよりも、光の中に浸された「何か」が自分の傍に在った。だが僕には、それを見究める事も、ましてや手を触れる事もならなかった。それは、僕には見えない文字で書かれた一本の「道標(みちしるべ)」だったのである。
 何処より来たりて何処へと至る… それを知る事は必ずしもその路を辿る事とはならない。そうであるよりは、それを知らずして、その途を辿る時にこそ、それを知るのだ。更にいうならば、この道はそれを望むものにしか、歩く事を許さぬ。道標などなくとも、歩いていける者は幸いである。道標にすがって、そこに書かれた文字を読み取ろうとする者は、すでに道に迷っているのだ。
 それは遠い遠い異国への道かも知れない。昼の世界から夜の世界へと架けられた橋かも知れない。或いは、現世から彼岸へと至る異空間の断面であるかも知れないのだ。文字を追ってはならない。裏返された光… 暗光の中に於いてのみ、それと知れるものがある事を認め、自分の求めるものが何であるのかを自分のうちに留め、そして… 信ぜよ。僕が男であるのと同様に、彼女は女であり、それ故、その世界にどこまで浸れるものか試みるのと同じく。
 SideA冒頭のメドレー、そして、やはり大きいのはB面のナンバー。特にタイトルナンバーの「密航」。暗い…

(1979.10.1)