Stanaka's HomePage



  長秀の丹羽氏は、武蔵国の児玉の出で尾張を管領斯波家が支配していた頃、尾張の国丹羽郡に
やつて来て丹羽姓を名乗るように成ったと言われています。 長秀は少年の頃より信長に仕え、信長
の重臣として数々の戦いに参加し、奉行職も努め安土城普請で功績を残しています。
  この地に居を構えた時期は不明ですが、大名になり北庄に居城を持つまで屋敷があったものと思わ
れます。今もこの地域に「丹羽姓」のお宅が目に付き子孫の方がお住まいと推察しています。
このページに掲載する武将と奥方等の絵はTV放送等の画像を模写した水彩画を加工処理したものです。


丹羽長秀
丹羽長秀
・1535年〜1585年
・尾張の国春日井郡児玉村生まれ
・15才で信長に仕える
・秀吉と共に明智光秀を討伐
・賤ヶ岳の戦い後に越前「北庄城」に居城



   
丹羽長秀邸址の石碑 邸址の石碑と歴史を感じる大木 白山社境内から長秀邸址
白山社の境内と社 邸址近くの「大矢家の門」 有形文化財の案内表札

  *名古屋城三之丸にあつた重臣
「志水甲斐」家の玄関・車寄を移設したもの

 
 丹羽長秀屋敷跡のマップ
 

●場所  
名古屋市西区児玉三丁目「白山社」の南隣地
●行方  鉄道:
名古屋市営地下鉄鶴舞線 「浄心駅」下車
     
 




    戻る     次へ進む
復帰