理科離れの実相調査・ミニシンポジューム ’12年 12月22日(土) 於:愛知教育大学
名古屋市立港西小学校 任期付き職員 教諭 伊藤亮吉
楽しく活動できる3年理科の授業
ー教材・教具の果たす役割ー
1 自己紹介
今年の3月に退職して、4月より名古屋市内の小学校で1日3時間、主に3年生の理科の授業をしています。TTではなく、授業 を任せていただいているので大変充実して います。
2 退職後の(理科)教師の特徴
授業以外の学級事務、生活指導などが殆ど無い。(身分は教諭ですから、運動会など授業以外の仕事も多少はします。)教 材研究や授業準備がしっかりできること、なんといっても事務仕事を気にしなくて良い。先生方もこれくらいの余裕があるといいですね。
3 理科を敬遠する原因
@ 教師にとって
・ 理科の授業だけでなく、たくさんの教科の準備があり、理科の実験の準備や予備実験の時間が取りにくい。学年で準備を分担すると良いが、それぞれに忙しくてな かなかうまくいかない。
※ 少人数担当を算数や国語のTTばかりではなく、理科実験の準備の担当にできないか。
・ 最新情報が届きにくく、新しい実験や器具の使い方に慣れない。同じ学年を何年か先に担当することが多いので、担当したときに時代が変わっている。
※ 双葉、本葉→子葉、葉 ※ アルコールランプ→コンロ
などマスコミに取り上げられることなく、さりげなく変わっている。
・ 実験結果が感動的に出ない。子どもは劇的な結果を期待している。
※ 塩酸にアルミニュームを入れたとき、反応に時間がかかる。溶け残りが出る。
※ 実験をやるより教科書を読んだ方がテストの出来がよい。
・ ワンポイントの知識が欲しい。
※ 「アイデアいっぱい」より基礎基本の知識と技術の研修が欲しい。
A 児童にとって
・ 実験をする時の安全面や技術面が大変で問題解決につながらない。
・ 結果が理想的な結果にならない。(教師も同じ)
・ 準備片付けが面倒。
4 私の考える「楽しく活動」ができる教材教具の条件
@ 簡単で一人1実験できること (廃物を使って実験装置を大量に作る。)
A 結果がきちんと出ること (精度は「良い加減」がよい。)
B 自分の考えが確かめられること(条件を変える事ができる。)
5 「ものの重さ」子どもの活動を促す自作「てんびん」
廃物を使って大量に作ることは以前からよく検討されています。廃物は市販の教材と違って、子どもに親しみがあることと壊しても良いという安心感があります。一方、結果の正確性や耐久性に問題があります。ここでは、三年「ものの重さ」の単元を例に考えを述べたいと思います。
(ア) 材料が手に入りやすいこと
ペットボトル,牛乳パック,工作用方眼紙,割り箸,両面テープ,クリップ,クラフ トテープ
(イ) 作りやすいこと
切る,穴を開ける作業を少なく。危険な作業に対応する安全対策,道具の工夫。
(ウ) 丈夫であること
過酷な使用にも耐えて、あまり壊れない。(子どもは壊れることを気にしない。)
(エ) 子どもにとって結果が正確であること
一番避けたい言葉「本当は○○なんだよ。」
そのためには「精密機械を使う。」「精度を落としてアバウトな結果を利用する。」こ とが考えられますが,実験が「いくつかの要素を同じすることによってある条件だけを 比較する」という本質がある以上,正確な結果が出ることは難しいと言えます。
教科書に出てきたてんびんを例に検討していきたいと思います。
【24年度使用の教科書】 |
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左は大日本図書の教科書教材です。
丈夫さ,使いやすさ,作りやすさ,の観点からは
優れていると思います。
しかし,てんびんとしての基本的概念は網羅し
ていても,道具としてのてんびんを子どもにイメ
ージさせるには若干問題があるのではないかと
考えています。
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《自作てんびん》
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○ わりばしを入れることがポイント
※ 工作用紙だけでは湾曲する。
○ ゼムクリップを起こして作用点 を作る。
※ 簡単で棒にうまく取り付けら
れる。
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【受け皿】
画びょう |
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○ デザートのカップを2つ用意する。
※ 容易に手に入る。防水性が優れている。
加工が用意である。
○ 画びょうでカップに穴を開ける。
※ 穴あけの秘密兵器。私にとって工作革命で あった。安全で簡単に穴が開く。
○ エナメル線を通して結ぶ。
※ 3年生では紐を結ぶことができない子が
多く、時間がかかるが、エナメル線は巻けば
よい。セロハンテープでは強度に問題がある。
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《教具の歴史的検討》※私,個人の歴史です。
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@ 工作が簡単(支持棒の取り付け)で大変良い。
しかし、円筒形の容器は種類が限られていて、廃 物とはいえ大量に入手することができにくい。
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A 材料の入手が容易である。
安全面を考えると教師が穴を開けるため、制作 に時間がかかった。
しかし、秘密兵器の画びょうを使うことによっ て、穴あけが安全で簡単にできるようになり、制 作技術が進歩した。
この教具の登場によって、一人一人の子どもが、 重さ比べを自由におこなえるようになった。活動 量が飛躍的に向上した。
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B 二つの問題点を解決した最新教具
ペットボトルを利用する。紙パックより入手 が容 易である。
支持棒を乗せるために紙こっぷをかぶせる。 @と同じようにセロハンテープの使用が可能と なった。
また、以前のバージョンでは、おもりとして砂を 容器の中に入れていたが、砂をこぼすと汚れが 目立ち、子どもが嫌がることがあった。ペットボト ルはキャップがあるので水の使用が可能となっ た。支柱の重さが体感できた。
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ラダー 鉛直糸
↓ ↓
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C 正確に測定できる教具
てんびんでは水平になっているかどうかが問題となる。そこで、支点からおもりを垂直に垂らし、てんびん棒から垂直につけた矢と重なる ようにした。
ゼロ点の調整のために、調整用のラダーを作 る。これは、ゼムピンをS字型にし、一方にアルミ箔を丸めておもりにしたものである。
これでかなりの正確な測定ができるようになる。しかし、この器具を使うと、誤差の範囲のわずかなずれに子どもの興味が向いてしまい、「釣り合わない」「重さが変わった」と結論づけてしまうことが多い。 |
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子どもにとって誤差は許されないものである。 むしろ、何もなく見た感じで水平に釣り合って いることを確認する程度の正確さが子どもに「分 かった!」という感動を与え、活動意欲を持続 させることができる。
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6 活用例
第1次 重さ比べ・・・2時間
・ 2つの物を見た感じと重さ、 2つの物を持った感じと重さ、道具を使った重さ比べ
・ ものの重さを数値化する
○ 見たとき 持ったとき てんびんを使ったとき
【児童の活動】
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くらべる2つのもの |
どちらがおもいか |
見た目でのよそう |
重いと感じたもの |
てんびんを使って |
A
君
|
コンパスとけしゴム |
コンパス |
けしゴム |
コンパス |
けしゴムとえんぴつけづり |
えんぴつけづり |
けしゴム |
けしゴム |
名前ペンとしょしゃペン |
しょしゃペン |
同じ |
しょしゃペン |
B
さ
ん |
えんぴつキャップとけしゴム |
けしゴム |
けしゴム |
けしゴム |
コンパスとのり |
コンパス |
コンパス |
コンパス |
名前ペンとえんぴつ |
名前ペン |
同じ |
名前ペン |
C
さん |
けしゴムとえんぴつけづり |
えんぴつけづり |
けしゴム |
えんぴつけづり |
けしゴムとのり |
けしゴム |
のり |
のり |
のりとえんぴつ |
のり |
えんぴつ |
のり |
【考察】
比べるものの重さを変えて意欲的に活動している様子がうかがえます。この活動を通して「見た目」や「持った感じ」が必ずしも「ものの重さ」と一致しないことが理解でき、重さを数字で表す事への意欲が高まったと考えられます。
また、A君やCさんの活動は、論理性の芽生えが読み取れます。特にCさんの活動はは「既習の結果を参考にして結果を予想する」という探求活動としての行動ができています。
活動の記録を集約したところ、「見た目」の方が、正解が多かったように思います。予想外でした。
○ ものの重さを数値化する (活動例)
数値で表すためにははかりを使いますが、ここでは身近で手に入りやすい1円玉を使いました。(1円玉は算数にも使えるので教師が大量に確保しています。)
【児童の活動】
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はかるもの |
1円玉の数 |
重さ |
D
さん
|
けしごむ
えんぴつ
はさみキャップ
しんの入れ物
じょうぎ
えんぴつけづりねんど |
5まい
2まい
3まい
3まい
8まい
14まい
17まい |
5g
2g
3g
3g
8g
14g
17g |
E
君
|
けしゴム
キーホルダー
チェーン
ねん土
かみ
えんぴつ
じょうぎ
けしごむ |
7まい
4まい
1まい
20まい
1まい
4まい
7まい
10まい |
7g
4g
1g
20g
1g
4g
7g
10g |
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はかるもの |
1円玉の数 |
重さ |
Fさん
|
小さいけしゴム
大きいけしゴム
あんぜんピン
えんぴつみたいな消しゴム
トランプ5まい
かみどわのゴム
マイナロけしゴム
えんぴつけづり |
4まい
20まい
2まい
3まい
5まい
4まい
18まい
16まい |
4g
20g
2g
3g
5g
4g
18g
16g |
G
さん
|
キャップ
けしごむ
えんぴつけづり
テープ
コンパスのしん
クレヨン |
1まい
4まい
3まい
9まい
2まい
5まい |
1g
4g
3g
9g
2g
5g |
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【考察】
ものの重さは、はかりで量れば簡単です。しかし、それでは重さがデジタルな数値として出てくるだけです。1円玉を一つ一つ乗せていくことで重さを重さとして認識することができていきます。また、そのことが「たくさんのものの重さを量ろう」とする意欲につながりました。
1円玉を1つ1つ数え、だんだん釣り合っていく様子を観察する姿から「体感的に重さを数値化できている」と考えられます。たくさんの「ものの重さ」を量ることができたことから、楽しく活動しながら重さについての認識が深まった、と思います。
7 理科離れについて
(1) 児童の様子
2学期の授業日に1日休暇を取ったことがありました。その時にあるクラスの子どもたちが担任の先生とこんな会話をしたそうです。
「今日は理科の授業はないの?」「先生がお休みです。」
「えー。先生どこ行ったの?」「○○の作り方の勉強に行ったかもね。」
理科の授業がないので残念そうだったとお聞きしました。
多くの先生にお聞きしてもけっして「子どもが理科嫌い」という返事は返ってきません。むしろ「子どもは,理科は好きです。」という言葉が返ってきます。その理由の多くは「実験観察が楽しい。」ということです。
また,先生方に理科の授業で困っていることをお聞きすると「実験がうまくいかない時があるんです。」という返事が一番多いと思います。つまり,理科の特徴である実験観察こそがキーポイントと考えられます。
(2) 生活の中の理科
かつて生活科導入がいろいろ議論をよんだころ,板倉聖宣さんが「戦後の生活単元学習は,『はいまわる理科』として批判を浴び,早々に撤退することになった。その一方で,身の回りの現象を科学的に考えるきっかけを与え,多くの学者が生活の中の現象を科学の目で捉えた啓蒙書を出版することにもつながった。問題だったのは,それを教える教師が戦前の非科学的な教育しか受けていなかったため,十分に指導することができなかったことだ。」というような趣旨のことを述べています。(筆者の記憶による。)
現代の教師は,科学的な見方や考え方を十分に身に付けています。となれば,生活の中の現象を科学の目で捉えるという学習は十分に指導できていると考えられます。
(3) 理科離れか,知識欲離れか
理科離れという言葉が言われるようになって随分立ちます。では,国語離れ,算数離れ,はないのでしょうか。少なくとも,そういう言葉は聞きません。決して子どもが理科嫌いではないのにもかかわらず,理科だけが,なぜ理科離れという言葉として定着したのでしょうか。小学校教育と言うよりも社会的,文化的な要素が強いように思います。
かつて,小柴さんが,ノーベル賞を受賞した時,NHKで江崎玲於奈さん,野依良治さんなどの受賞経験者と対談をしている番組がありました。そのとき,アナウンサーが「江崎先生の研究はエサキダイオードの開発に役立ちました。野依先生の研究はキシリトールに役立ちました。・・・・・・。では小柴先生の研究は将来どんなことに役立つとお考えですか。」と質問をしたのです。すると小柴さんは少しムッとした顔をして「僕の研究なんか100年たっても何の役にも立ちませんよ!」といわれました。少し気まずい雰囲気が流れましたが,さすがはNHKのアナウンサーです。「では,先生は『役に立たない』と思ってみえる研究をどうしてなされたのですか。」と質問をしました。小柴さんは笑顔になって「『知る』って楽しいじゃないですか。」と答えられました。理科離れが「何かに役に立つ」という観点で論じられているような気がします。小柴さんが言われるように「『知る』って楽しい。」という子どもを育てることが大切だと考えています。
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