PSYCHOLOGY・1





 人を殺した。
 悲しみも。憤りも。殺意さえ、無かった。
 唯。
 ナイフが、妙に軽かった。
 手応えすら―――どこか空虚だった。
 自分の足下に、血塗れの死体が転がっている。
 それが全てなのだろうと、そう思うと、何故か、妙に納得できた。


 「―――って言う夢を見たんだ」
 「・・・で、普通殺した当人の所に相談を持ってくる?」
 高城文哉の言に、天道麻美は半眼になって答えた。
 「・・・そう言われてもなぁ。何となくだよ。麻美に相談しなくちゃならない気がしたんだ」
 「お得意の天恵?」
 「その通り」
 「あっきれた。怒る気失せたわ」
 悪びれた様子もなく、文哉は口の端を持ち上げてにいっと笑った。
 「まあまあ、それに、夢だのなんだのは心理学の得意な君の領分だろ?」
 「また取って付けたみたいに」
 「シグムント先生もこんなに熱心な学究の徒が後世にいると知ったら、草葉の陰で涙するよ」
 「何でユダヤ人のフロイトが草葉の陰なのよ。宗教学部の学生らしくない言葉よ、それ」
 「コミュニケーション学部に宗教の講釈をたれられるとは思わなかった。無論言葉のあやだよ」
 あははと文哉は再び笑う。躁病の気でもあるのかも知れない。
 そんなことを思いながら、麻美は切り出した。
 「まあ一般的って言うか、誰でも出来る夢判断としては、あなたが心のどこかに、私を殺したいって感情を抱いてるって事ね」
 「手厳しいなぁ。そんなこと思ってないよ」
 「あくまで深層心理の問題よ。私は人間なら誰だってそんな感情を持ってると思うから、あなたがそんな夢を見たと言われても、ショックは受けないけど。でも、デリカシーはないわね」
 「う・・・」
文哉が詰まるのを見て麻美は一拍置いた。実際夢判断とかは麻美の得意な領分ではないのでこれ以上のことが言えるかと言われても困るのだが、ここで終わるというのも何となく癪だ。
 (何かそれらしいこと言おうかな)
 さっき文哉はフロイトを引き合いに出した。ならばフロイトが始祖である精神分析を持ち出してみるのも面白いのかも知れない。元々「夢判断」もフロイトの範疇なのだし。
 「順序立てていきましょうか。まず、激しい感情を持ってなかった訳ね?」
 「うん」
 「だったらこの場面だけ切り取って考えても良さそうね。突発的に、刺す、って言う直前くらいしか覚えてないんでしょ、どーせ」
 「はっはっ、あたりだね」
 「ええと。それで、ナイフ?だったっけ?まあとにかく、道具を使った訳よね。これが何かを象徴してる筈なのよ。そうね。自分がとても深く関わっているけれど、何かを利用しようとしている、もしくは、したい、とか。それとも、なにかに迷っていて、それを解決するために、『確実な』ものを欲していた、とも言えるかもね。手応えがなかったのは、前者だったら、別のモノに頼るんだから当然よね。後者だったら、『手応えもないほどにあっさり』問題が解決することを願っている」
 「悩み事は・・・そりゃあるけどさ」
 麻美は内心少し驚いた。ちょっと意外。結構当てずっぽうなんだけどな。
 「次に、足下に転がってた死体、だっけ?―――あたしだっけ、ヤな感じだね―――血塗れだったのよね・・・所で、死体だって言うのは、刺しただけで、そう判断したわけ?」
 「ん・・・そりゃそうだろ。刺せば人は死ぬじゃないか」
 「成る程。『死体』と言う認識が必要だった・・・のかな?血塗れってのは多分その示唆だと思う。その問題が―――もう問題だって事にしちゃうけど―――『絶対に再び蒸し返されない』事を願ってるって事だと思う」
 「おおぉ、流石は麻美だ。いやあ、これでスッキリした」
 「まだよ。何でそれがあたしだったか何だけど・・・今みたいに仮定すると、それに登場してくるのは悩みにある程度近い人物の筈なのよ」
 「う・・・」
 文哉が再び詰まる。
 (何か墓穴掘ったような・・・)
 それにかまわず、麻美は続ける。
 「『それが全てなのだろうと思うと、妙に納得できた』だっけ?つまり、まさに『それが全て』なワケよ」
 「ええとだな」
 「まあ!・・・・・・私は文哉を信じてるから?もしも本当に悩みがあったとしたら、ちゃんとあたしに相談でも何でも持ちかけてくれる筈だから、・・・多分、この夢判断は外れてるわよね」
 「あ、ははは、そーだな」
 (何かでっかいクギを刺されたような・・・)
 麻美としてみれば、ただ単にカマをかけてみただけだった。文哉の様子が何かおかしかったので。大体この夢判断からしてほとんど適当なのだ。
 「そーよねー」
 麻美は文哉に向けてにっこりと微笑んだ。
 「ははははは・・・」
 文哉は再び硬い笑い声を上げる。
 隠し事は、確かにあった。
 でも。
 (俺は、それが間違ったことじゃないと、信じている・・・)
 言われてみれば、当然なのだ。
 悩みを象徴する夢に、麻美が登場したことも。
 そして、文哉がそれを殺したことも。

 なぜなら


 高城文哉は、殺人者なのだから。


 そうなのだ。悩みは確かにあるのだ。
 油断をすると、麻美を殺してしまいそうな自分に対しての・・・葛藤。
 そして、深層ではそうした解決を願う自分に対する嫌悪と自責。
 感情の動きに鋭い麻美に気取られるか否かの不安。
 悩みで潰れてしまいそうだ。
 自分は何でこんな話を麻美にしたのだろうか。危険なことは少し考えれば判ることなのに。
 結論はわかっていた。
 自分は麻美に知って欲しかったのだ。夢はただそのきっかけに過ぎない。判断をしてもらう必要もなかった。

 本当は、わかっているのだ。


 自分は、麻美に殺されてしまいたいのだと。


 「なぁ、麻美・・・」
 「え・・・」
 言ってしまえば、麻美はなんと答えるだろうか。
 湧き上がってくるのは不安と好奇と期待と・・・そして、
 嘔吐感だった。
 「うっ・・・」
 「え・・・ちょっと、文哉!?」
 混濁した意識の中でそんな麻美の声がくぐもって聞こえてきたことだけが、なんだか文哉を安心させた。




                                


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