-山田鑑照研究室-

 
 リンパマッサージについての形態学的検討

 山田鑑照 
 
1)はじめに

  今までに神経免疫組織学的観点から鍼灸末梢作用機序を追求してきた。その過程で鍼灸刺激とリンパ系との関係の重要性を認識してきた。また、リンパ系の組織学的追求の難しさを実感してきた。その理由の第一にリンパ管の分布が血管と比べて極めて少なく、決定的な顕微鏡像になかなか出会えないことである。第二に私自身がリンパ管についての知識が不足していたこと。例えば、直径200μm程の非常に発達した平滑筋があり、しかもしっかりとした逆流防止弁を有する脈管の組織像に接したときには理解に苦しんだ。これは毛細リンパ管であり、このようなリンパ管の役割も研究を進めるうちに明らかになってきた。そのうちに別の考えが浮かんできた。この皮下のリンパ管はわずかにしか分布しない、しかも自力で蠕動運動をしてリンパをゆっくりとリンパ節に運んでいる。このリンパ管への体表からの軽い刺激によりリンパ循環を改善できるのだろうか、また、そういうことが可能なことなのかどうか考えるようになった。これらの疑問を検証するためにリンパ循環について主として形態学的観点から検討した。


2)血液とリンパ循環について

@心臓から送り出された血液の45%は赤血球・白血球・血小板などの血球成分で、残りの55%は血漿成分といわれている。血球成分の内赤血球が約96%を占め、白血球が約3%、血小板が約1%を占めると云われている。赤血球が血管の外に出ることを出血と云われ病的なことであり、通常は赤血球が毛細血管から出ることはない。

A毛細血管からリンパ球などの白血球の一部が漏出するが、赤血球や他の血小板はそのまま静脈に流入する。つまり、動脈から流れ込んだ血球成分のほとんどが毛細血管を通り静脈に流入する。このとき幾ばくかの血漿成分は血球成分運搬のために一緒に毛細血管を通り静脈に流入すると考えられる。従って、血液成分の半分は毛細血管を通り、半分は毛細血管から漏出すると考えられる。


B毛細血管から漏れ出た血漿成分の9割は毛細血管後細静脈に吸収され、1割が毛細リンパ管に吸収されると云われている。

C上記のことから心臓から送り出される血液成分を20とすると、毛細血管を通る血液成分は10になる。残りの10が毛細血管から漏れ出てることになり、その9割は毛細血管後細静脈に吸収され、1割が毛細リンパ管に吸収されることになる。

D従って、心臓に戻る血液の19/20は静脈血とし静脈を経由しており、心臓に戻る血液の1/20はリンパとしてリンパ管を経由しているといえる。

E静脈とリンパ管の分布比率も19:1の比率に近いものとなっていることが示唆される。皮膚切片を顕微鏡で観察してリンパ管をなかなかみつけられない理由もここにあると思われる


3)静脈とリンパ管の太さについて

実際に人体解剖をさせて頂いて確認していることであるが、下半身から心臓に戻る静脈血を運ぶ下大静脈は直径約3cmであり、下半身と左半身からのリンパを運ぶ胸管の直径は3〜5oである。断面積の比にすると下大静脈は胸管(直径平均4mmとする)の約56倍近くになる。


4)静脈流とリンパ流の速度について

一般に静脈流は20cm/秒以下と云われ、リンパ流は1〜10cm/秒と云われており1cm/秒が半数に及ぶとされる。リンパ流は静脈流よりもかなり遅いことになる。


5)リンパ系の役割

@静脈系は身体の静脈血を肺や肝臓や腎臓に送り浄化してもらう役割を担っている。リンパ系は静脈系とは全く異なった役割を担っていると考えられている。

Aリンパ管は末梢の組織液のサンプルとしてリンパを吸収し、リンパ中にある免疫情報をリンパ節にいる免疫関連細胞に送り、免疫上に何か問題があるかどうかをチェックしてもらう仕事をしていると云われている。ここで問題有りとなれば、免疫関連細胞は芽球化し免疫の仕事をするためにリンパ節を出て行くことになる。

Bリンパ節にいる免疫関連細胞に組織液のサンプルを調べてもらうためには、リンパ流が早くては困ることになる。更に、末梢で吸収されたリンパはリンパ節をいくつも通りチェックされるといわれているので、リンパ流は遅い方がよいと考えらる。

Cリンパ管には静脈とは比較にならないほど発達した平滑筋を持ったもの(図1)がある。この発達した平滑筋の蠕動運動により、ゆっくりとリンパを吸収し、何度もリンパ節を通過できるようにリンパを送り込んでいる。リンパ管の平滑筋の運動によりリンパ管内を行ったり来たりしながらリンパ球がゆっくりと運ばれる動画が国立循環器病センターで公開されている。 

 
      図1発達した平滑筋をもつ直径200μm
     毛細リンパ管
 
 
 リンパ管流画像
@ 国立循環器病研究センター
A 血管内皮と微小循環研究会

D静脈は静脈血を早く心臓に戻して、肺で酸素をもらって、血液を動脈血とし心臓から全身に送り出されるようにする役目を担っている。リンパ管は末梢の組織液のサンプルとしてのリンパを採取して、これを自力でリンパ節に運び、リンパ節の免疫関連細胞にチェックしてもらう役割を持っている。


6)結語:リンパマッサージは可能か?

血液とリンパ循環、リンパ管の太さ、リンパ流、リンパ系の役割などを検討した結果以下のことが考えられた。

@皮膚に軽微なマッサージ様の圧刺激を与えた場合、その圧刺激の19/20は静脈環流に影響を与えることになり、1/20の刺激がリンパ環流に影響を与えることになる。

A皮膚への軽微なマッサージ様の圧刺激によりリンパ循環を選択的に改善し免疫系に影響を及ぼすことは難しい。