子どもの空間的認識の自己中心性と地図学習(3つ山問題、3つの山課題)
1 ねらい
 3年生の地図学習は,地域を高い空から見る鳥瞰図によって始まる。しかし,鳥や
じゅうたんにのって空に上がったことのない児童にとって「地域を上から見る」概念は
形成されていないといってよい。ましてや目立つ建物や道路,商店街などが記号で
表される「地図」の読みとりは,生活経験の乏しい児童にとって大変困難である。
 そこで,児童の空間的認識の発達段階を明らかにし,子どもの考え方にあった方法
で,地図を読みとる力を育てていきたいと考えている。
2 研究の内容
 (1) 実態調査(鶴舞小 3年1組37人)
ア 高所から下を見た経験
【飛行機に搭乗して】


 
【観覧車に搭乗して】


 
【外の見えるエレベーター】

 
【考察】
 小学校になってから飛行機に乗った経験を持つ児童は32%だが,観覧車・外が見える
エレベーターに乗ったことがある児童は大変多い。
 このことから,児童は地上からだんだん上に上がって,その間に変わる景色の変化を
眺める経験をしていると考えていい。しかし,地図のように上から道路を見たとは言えない。
 従って,地図の読みとりに際しては,高所から見たり,航空写真を利用したりすることは
必ずしも子どもの実態にあっていないと考えられる。
イ 学区地図の読みとり
@ 自宅の位置に○を付ける。
A 見つけた方法を記述する。
ことによって地図の読みとる能力を調べた。


 


 
【考察】
 この段階の児童は,まず特徴的な場所を探し,そこから自宅を見つけようとしていると思
われる。また,道順を手がかりにしている児童も多い。特徴的な場所を見つけた後,次の
手がかりとして道順を選んだ児童を含めると道順に頼る児童は15人となる。道順は地図上
で自宅を探す大きな手がかりとなっていると考えられる。
 しかし,それでも完全な正解は約50%で,間違いではないもののやや不正確なものがかなりあることが特徴である。
ウ 視点の移動能力
 視点の移動能力についてはピアジェの
【三つの山課題】で使われた教具を可能
な範囲で再現して調査することにした。
上の写真が作成した教具である。
 この教具を使って次の手順で児童に作
業をさせ,児童が視点を移動させる能力
の特徴を分析していく。


@ 児童は正面に座る。
A 右90度の位置に座った教師,正面に座っ た教師,左90度に座った教師,天井にいる
 教師が見ている景色を考えてかく。
【結果と考察】
『右90度で見た図』

 
『180度で見た図』
 
『左90度で見た図』

 
『上から見た図』
 
 円グラフの青色が正解で,茶色は子どもが自分の見ている景色をそのままかいたもので
ある。このことから
@ 左右の少しずれた位置から見える景色を想像することは比較的容易である。
A 反対から見た場合に左右を逆にかく児童が過半数である。
B 上から見た形を推論することは難しい。と考えられる。
 (2) 実践計画
 実態調査から,地図学習では,@特徴的な場所,A道順と地図の対比,B方位関係(特に
左右)を重視して指導することが大切で,この積み重ねが視点を移動しながら地図を読みとる
能力の育成につながると考えられる。
 (3) 実践の内容
ア 絵地図から学区地図へ
 まず第一に学区にある特徴的な場所や建物を見学して簡単な絵地図に表す。その後,絵地
図と学区地図をもって小グループで家探しをする。
 これは小グループに所属する子どもの家へ行き,その時に絵地図と学区地図で特徴的な場
所と建物を確認するものである。この活動では子どもが現在位置を地図で確認するためと安全
面の配慮からクラスの父母にポイントを決めて立っていただいた。
 この活動で,家の回りが行動範囲であった児童にとって新たな発見をすることができた。しか
し,曲がりくねった道に対する理解は深まったものの碁盤の目のようになっている道は意外に
分かりにくいようであった。
イ 現地学習と地図
 名古屋市の学習をするときに児童の経験をもとに学習を展開することも大切であるが,児童は
目的以外の名称を知らないことが多い。例えば「栄地下商店街へ行ったことがある人いません
か。」と聞いても「ない。」と答える児童が多い。そんな子どもに「松坂屋へ行ったことはないの。」
と訪ねると「ある。」と答える場合がある。つまり,目的以外の事柄は経験として蓄積されていな
いのである。従って,大人にとって当然知っているであろと思われる場所でも,できる限り目的を
持って現地に出向くことが地図の読みとり能力向上に効果がある。この場合の移動手段としては,
バス停ごとに止まる市バスが最良と考えている。
 そこで,「きょうどの学習」や「目で見るきょうど」に記されている場所を現地へ出向くように計画
を立て,その都度,道を確認していくことにした。
@ 春の遠足
 地下鉄鶴舞→神宮西→徒歩(1号線)→白鳥庭園→国際会議場→西高蔵→地下鉄鶴舞
 神宮西から見た『神宮の森』『白鳥橋から見た堀川』(2月にシャチが来た)『国際会議場』は
「きょうどの学習」に印を付けた。
A 栄地下商店街の見学
 地下鉄鶴舞→上前津→栄『テレビ塔』
B 秋の社会見学
 貸し切りバス『水族館』『ポートビル』『農業文化園』
C ブラザー工業
 市バス 鶴舞公園前→地下鉄堀田『高速道路』『高辻』『1号線』
D 博物館
 市バス 鶴舞公園前→博物館『博物館』
 熱田神宮といってもイメージがわかない児童も「遠足の時,地下鉄から降りて見た森のような所」
という表現で理解できたようである。現地学習へ行くたびに地図に印を付けることによって学校か
らの位置関係が分かるようになってきた。さらに,市バスでの移動は,通過する停留所などから距
離感覚もわかり大変都合が良かった。
ウ 高所からの観察
 【学校の高いところからの眺め】
 比較的よく見えるのが『金山南ビル』である。しかし,児童にとって金山は通過駅であるらし
く,全然分からないようであった。
 しかし,さらに遠くに見える国際会議場は遠足で見たこともあって存在そのものは分かるよ
うである。ただ,方向感覚が分からないらしく,はじめは見える方向にとまどっていた。実態調
査にもあったように自分が見た時の方角が印象に強く,見る角度を変えるととたんに違う建物
という感覚になる。
 【ポートビルからの眺め】
 社会見学では,ポートビルから市内を
見渡した。「目で見るきょうど」の写真
では北の空から南向きに名古屋港が移さ
れている。子どもたちは南向きになると
写真との対比が大変容易であった。しか
し,東を向いたり,南を向いたりすると
特徴的な建物との対比に随分手間取っ
ていた。できるだけ,道路や運河など
直線的で長いものを目印に対比するよう
に指導した。


 
 「目で見るきょうど」の写真と見比べていた児童が「写真と同じだ。」とつぶやいていた。
写真が実物を写したものであることを理解することでさえ経験を積み重ねることが必要である
ことが推測できる一言であった。
4 まとめ
 現地学習の開催,移動方法の工夫など,一つ一つ経験を積み重ねていくことによって,視点
を移動しながら地図を読みとっていく能力を高めるように実践してきた。
 その結果,地図を読みとるためには,
@特徴的な建物や場所を現地で観察すること,
A移動手段を市バスなど景色が見える手段を活用すること,
B現地で見た方角と学校から見える方角の違いを修正すること,
が大切であることがわかった。
 次に,本実践後,学区地図(5月に使った地図から町名,番地,建物の名前などを
いっさい削除し,道路だけにしたもの)に再び自分の家を記入させて,その変容を調べた。

 町名などを削除したために特徴的な場所,
建物と言っても道路の形から判断するか,池
や道路の太さを参考にするしかなく,かなり
高度な能力が要求されるようになってきてい
る。しかし,正解率が70%近くなるなど読み
とる能力が向上していることが分かる。特
道路の形や数を数えることなど地図を抽象化
したものとしてとらえる児童もいた。
 今後も,発達段階を研究し,子どもの考え
方が生きる学習形態を工夫していきたい。
 


 

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