平成7年12月1日
「私ならこう指導する」
〜教材・教具の開発と活用〜
名古屋市立西福田小学校 伊 藤 亮 吉
1.はじめに
理科教育では,実験観察などの直接経験が重視されている。そのため,教材・ 教具の選択と活用は,理科の授業の中で大きな比重を占めることになる。
この教材・教具は,次のようにして準備さるのが一般的になっている。
@教科書のものをそのまま活用する。
A市販の教材・教具を購入する。
B自作する。 |
この中では,教科書の教材・教具は多数の専門家が様々に検討して作られて いこと,文部省の検定に合格していること,から基本的には最もよい教材・教 具であるといえる。従って,最も使用頻度が高い。
しかし,それでも自作の教材が大きな効果をあげていることも事実である。 教科書は全国の平均的な地方,学校の子どもの実態をもとに作らざるを得ない。 そのため,○○小学校という特定の学校の実態に合わなかったり,より実態に 合った教材があったりするかもしれないからである。したがって,各学校の実 態にかんがみて教材・教具を工夫することは大切なことであると考えられる。
2.教材・教具開発の視点
(1) 子どもの興味・関心がわく教材・教具 6年単元「電流のはたらき」
新しい学力観の申し子といわれる生活科では自立への基礎が目標となっている。理科の問題解決においても,自立への基礎の部分があると主体的な問題解決が促されると考えている。そこで,単元のはじめに遊びの感覚で活動でき,単元で取り組む問題解決の基礎となる経験が得られる教具を作成し,活用することにした。
【方位磁針モーター】 |
このモーターは押すだけでは,半周するのみで回転はしない。
子どもは何とか方位磁針を回転させようと模索を続ける。そして,次の3点に気づいていく。 |
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@ 方位磁針は南北を向いて止まる
A 乾電池の向きや電磁石のある位置(南か北か)によって方位磁針が近づいてきたり,反発したりする。
B 電池の+−を反対にするとAが反対になる。
・ ストローに釘を入れる。
(イ) 方位磁針
・ スタンド式のやや大型のものを使う。
(ウ) 配線 |
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【遊びの要素を取り入れた開発の視点】
遊びの要素を取り入れた教具の場合次の2点が問題となるケースがよくある。
@ 遊びに熱中しすぎて単元のねらいと関係のない活動に走ってしまう。
A 単元のねらいを強調しすぎて,子どもの活動が広がらない。 |
そこで開発にあたっては次の点に留意したい。
@ 子どもにとっては,遊びそのものが目的となるようにすること。
(単元のねらいとは直結しなくてもよい。)
A 謎解きの要素を取り入れたり,ゲームの要素を取り入れること。
(子どもは飽きっぽい。しかし,活動を強要しては遊びではなくなる。) |
(2) 子どもの思考や活動を助ける教材・教具
5年単元「てこのはたらき」の学習で,『一方におもりをつけて傾けた実験用てこを,指の力やおもりで水平にできることから,指の力とおもりとは同じ働きをしていることに気づかせる。』内容がある。
この学習では,児童は決められた位置に決められた錘で実験するだけではなかなか満足しない。また,自由な位置で自由な重さの錘を使うことによって初めて,子どもの認識が確かなものとなる。しかし,実験用てこでは,きまりを見つけることには適している反面,位置や重さを自由に変化させることには無理がある。そこで,錘の位置や指の位置を自由に変えられる教具を作成することにした。
【てこ実験器】 |
【おもりの重さを決める】 |
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園芸用の棒(すべり止め付き)
フィルムケース(水で重さを調整) |
モールに粘土をつけて
重さを変えられるようにしたもの
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【作り方】
(ア) てこ用の棒
・ 園芸用の棒(直径1cm滑りどめ付き,2m程度)を40cmぐらいに切断する。教材作成道具のジグソー(歯は鉄用)を使うとすぐ切れる。
・ 支点は目玉クリップ(小)を使い目玉部分に丸釘(太さ2.1,長さ38)を挿入する。
(イ) 錘1(固定用)
・ フィルムケースの蓋の部分に1mm程度の穴
を2つ開け,凧糸を通す。
・ 蓋の部分で吊るすようにすると,水の入れ替
えが楽である。
・ 穴ははんだごてのネジの部分に虫ピンをつけ
て,溶かすようにするとよい。
・ 水を任意の重さになるように封入する。
(ウ) 錘2(移動用)
・ モールを10cmほどに切る。
・ 直径3cmほどの輪をつくり,残りはねじってお
く。
・ 指で釣り合わせた位置に吊り下げ,てこが釣
り合うように粘土をつけていく。 |
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【開発の視点】
高学年の児童は「具体操作」後期として発達心理学では位置付けられている。「形式操作」の段階とは異なり抽象的思考によって論理的な思考がなかなかできない子どもも,具体操作を伴うことによって論理的な思考ができるとされている。こうした子どもの思考を助ける具体操作が可能なことが大切な視点となる。
実験用てこを使ってこの問題に取り組むとき,子どものつまづきは次の2点であることが多い。
@ 特定の場所に特定の錘を吊るすと釣り合う,という認識になる。
(典型的な例にだけあてはまるきまりととらえがちである。)
A 力の大きさが重さと同じ単位で表されるということより,釣り合の
きまりをとらえる活動になりがちである。
(子どもの考えどおりの活動に限界があるため,問題が変化していく。) |
そこで,次の2点を視点とした教材開発と活用が必要だと考えている。
@ 児童が考える棒の位置で自由に確かめることができるようにする。
児童の思考には,一定の傾向がある。その傾向にあうように操作「反対
にしてみる」「極端にしてみる」「再現できる」ができるような工夫をする。
A 実験用てこの都合の良い位置だけの活動に留まらないように工夫す
る。
具体的な操作とその結果について,問題との関係を推論する部分をなく
すようにし,具体的な操作によって子どもの思考が論理的になり,認識
が深まるようにする。 |
3.開発のアイデアの生み方
(1) 反対にしてみる。(大→小,小→大)
教材開発が子どもの認識や活動を促す物でなければならないのはいうまでもないが,それでもなかなかアイデアとして浮かぶ物ではない。
こうした場合「反対にしてみたら」と考えることが有効な場合が多々ある。暑いものを冷たくしてみるとか,大きいものを小さくしてみるとかすることが効果をもたらすことがある。
4年 単元「ものの体積と温度」 金属と水の温まり方
【問題点】
ビーカーに味噌を入れたり,おがくずをいれたりした水をアルコールランプで熱して水の動きを見る方法が一般的であった。しかし,次の2点に問題を感じていた。
@ 水の動きが立体的で,温められた水が上に行くことよりも味噌玉の分布に目が向き,子どもの関心が分散してしまった。
・ 幅のうすい,平面的な水槽をアクリルで作成した。
A 児童が「水が上に上がるのは炎のパワーだ。」などといった考えがでることがあった。
・ 炎を使わないで「温度の高い水が上に行き,低い水は下に下がる」ことがとらえられるようにヒーターを使用した。 |
【工夫1】
図のようにアクリルでスライドができる隔壁のついた水槽を作り,片方をヒーターで暖められるようにした。
@ ヒーターで水を温める。4度程度の差があればよい。
A スライド式の隔壁をとる。
温度の高い方の水が上に上がる。
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※ ヒーターが300wほど必要なため,
代表児童による実験しかできない。そのため
一人一人の子どもの考えが深まるも のでは
なかった。
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【工夫2】ヒーターの工夫
小電力でいかに水を短時間で温めればよいか。この課題を解決するためにヒーターの改善に取り組んだ。
@ 熱帯魚用のヒーター(100wぐらい)→これでも個には対応できない。
A はんだごて用ヒーター →防水に問題がある。
B ニクロム線を使った自作ヒーター →熱量が足りないので時間がかかる。
【工夫3】反対にしてみたら
小電力でヒーターの能力をあげる方法に限界があることがわかった。そこで「反対にして・・」と考えてみた。すると「なんだ。水の量を減らせばよいじゃないか。」と水槽を小さくすればよいことに気がついた。
そこで,手のひらサイズの水槽とニクロム線を使ったヒーターを作成した。
【作り方】
(ア) 水槽
則板2枚
底板1枚
隔壁1枚
△のスペーサー
で隔壁を挟むようにレール を作る。
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(イ) ヒーター
@ ニクロム線は,はんだ付けができないので圧着端子で機械的にしめつける。
A ニクロム線はガラス管をつかって巻く。
【活用方法】
現行指導要領(平成4年版)では「ものの温まり方」として水が温まると温められた水が上に行き,そこへ周りの温度の低い水が入り込む。この繰り返しで水が温まる。と解説されている。
(ア) 隔壁を閉じて片方の水を着色する。
この時,左右の水槽の温度を測っておく。
隔壁をとっても水は移動しないことを確認する。
(イ) 再び隔壁をおろして,一方の水をヒーターを
使って温める。
(ウ) 温度差が10度ぐらいになったら隔壁をはず
す。
この時,温度の高い方の水が上に行く。
(エ) 上下2層に分かれた水の中にそーとヒーター
を入れる。
(オ) 電圧を低めにして,電流を流す。
この時,着色された水が動き,水がぐるぐる回
る現象が観察できる。 |
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(2) 余分な要素がないかと考えてみる。(教材はシンプルに)
湘南工科大学の大竹三郎氏のご指導を受けたときのことである。6年「電流のはたらき」の学習で活用した「リニアモーターシップ」の原型を持ち込んだ。 「これを作るにはかなり技術がいりますね。それに,電池の+−と磁石の船が引きつけられること反発することの関係が複雑すぎますね。」
「それでは,教材開発の基本をどこへ置けばよいでしょう。」
「例えば,モーターを作るとき,最大の問題は何ですか。」
「重力の影響に打ち勝って軸が回ることです。」
「その場合,どうしますか。」
「コイルの巻数を多くするとか・・・。」
「重力の影響を受けないようにプロペラの回転を横にすればよいのです。」
この時以来,「教材は進化するほどよりシンプルになる。」という信念をもつようになった。
【問題点1】4年「電池のはたらき」
光電池を使った自動車がなかなか走らない。→光電池を多くする。→重くなるのでスピードがでない。また,乾電池の方がスピードがでるので,光電池に対す
る興味関心が高まらない。
【工夫1】
重さが打ち消せる方法を考える。
@ 船にして水に浮かべる。
A 台船を発泡スチロールにする。
【問題点2】
スクリューの作成が難しい。
→アクリル等で軸受けをつくる。
→作成が子どもでは無理なので
意欲が減退する。
【工夫2】
風車にする。
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(3) 同じ現象を他の素材で再現してみる。(アイデアの蓄積)
アイデアは必要性に応じて生まれるものだが,アイデアを蓄積しておくこ とも大切なことである。1つの教材・教具を作成した折に,他の素材で同じ 現象が再現できないかと考えて見ると思わぬ結果に出合うことがある。こう した経験を蓄積しておきたい。次の例は,単元に直接関係ないが,子どもが
自由な活動の中で偶然見つけた。何かの役に立つときがあるかもしれない。
こうした,一見無関係と思える内容も蓄積しておこうとする姿勢が必要では ないか。
「音」
メスシリンダーに水を入れて口で息を吹き込むと音がでる。
現在は,楽器の音あわせのためにチューナーという道具があるのでだれでも簡単に音が調節できる。これを使って「音をつくろう」という活動をしていた。子供たちは,自由に音の高さが変えられるので,喜んで色々な高さの音をつくっていた。中には,メスシリンダーを太さを変えたり,長さを変えたりしている児童も見られた。もちろん気柱の長さに関係するだけなので |
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大した変化はない。そのうち「先生。水の量が同じでも高さがかわるよ。」という児童が現れた。「そんなはずはない。」と思って聞いてみると確かに音の高さが違う。実はこの児童は,水ではなく,お湯を使ったのである。
しかし,お湯を使ったからといって音の高さが変わるなんてなんとも信じられなかった。このときふっと気がついた。「そうだ。音は気温によって伝わる速さが変わるんだ。確か331×0.6tだったな。」速さが変われば,周期も変わるので当然音の高さも変わる。
このこと自体が特に学習内容に直結するものではないが「水ではなく,お湯を使うと違う現象が表れる」というアイデアとして蓄積している。
4.まとめ
(1) 子どもが発見の喜びを味わえる。
市谷小学校長岩内先生の話では,今までは概念形成のための教材・教具の開発が中心であったが,子どもの活動を助け,発見の喜びを味わえることが大切であるとされている。
(2) 生活科の精神を取り入れる。
問題追究のための自立の基礎が養える。遊びの活動をするなかで,問題追究の基礎的な経験が作られる。おもちゃ屋さんを回ってみると子どもの文化が見えてくる。
(3) 子ども一人一人の活動が保証できる。
学習の個別化をはかるためには,クラスの人数分の教材・教具が必要である。そのためには材料の入手の容易さ,制作方法の簡単さが大切な要素であると考える。時には,業者に加工を頼むこともよい。(水槽では量産のためにアクリルの裁断は業者に頼んだ。もちろん有料でした。)
(3) 開発した教材・教具が広がっていく。
教材・教具は,開発者だけのものではない。広く使われることによって,子どものためになる。また,その都度,教材は検討され,改良が重ねられてよりよいものになっていく。積極的に過去の教材を活用し,検討していきたい。