-山田鑑照研究室-
 
 肺生検気胸発生文献からみる鍼治療気胸発生率の検討


 山田鑑照  医道の日本 第731号(平成169月号)(一部改)


○はじめに

1)肺生検針の外径と気胸発生との関係

2)肺生検気胸発生文献からみる鍼治療による気胸発生率の検討

3)自然気胸について

4)鍼治療による気胸発生事故裁判の概要

○まとめ

○はじめに

鍼治療による気胸発生事故は数多く報告されている。この事故は鍼が肺に刺入されるとすべて起こるのであろうか。肺生検の副作用として発生する気胸に関する文献から鍼治療による気胸発生率を検討した。また、筆者が鑑定人を依頼された鍼治療による気胸発生事故裁判の概要を併せて報告する。 

                           
1)肺生検針の外径と気胸発生との関係

  肺癌などの検査のために針を刺入して肺の組織を取り出す肺生検では、しばしば気胸を引き起こすことが報告1)2)3されている。このときの処置としては安静、注射針につないだカテーテルによる脱気、低圧持続吸引器を使用したチェストチューブによる脱気などがあるとされる。以下、洋文献と和文献の要点を列記する(別表)

 別表 肺生検針の外径と気胸発生率

<洋文献>

・肺生検により起こった虚脱度30%の大きな気胸17例のうち、注射器につないだカテーテルによる吸引で12(70)の気胸が治癒し、5(28)がチェストチューブによる脱気を必要とした。開胸手術には至らなかった1) 

18ゲージ(外径1.20o)の針による肺生検をした103例中38(37%)が気胸となり、28(27)は安静にて治癒し、10(10)がチェストチューブによる脱気を必要とした2) 

2425ゲージ(外径0.560.51o)の極細針による50例の肺生検では4(8%)が気胸になり、2(4)は安静にて治癒し、2(4)がチェストチューブを必要とした3) 

<和文献>

18ゲージの針による64例の肺生検では20(31)の気胸が発生した。14(22)は安静にて改善し、脱気処置を必要としたものは6(9)であった4

20ないし22ゲージ(外径0.900.70o)の針による13例の肺生検では3(23)に気胸が発生した。2(15)は安静にて改善し、脱気処置を要したのは1例(8) であった5 

洋文献、和文献のいずれも肺生検による副作用として発生した気胸が開胸手術に至ったという報告はない。                        

2)肺生検気胸発生文献からみる鍼治療による気胸発生率の検討

前記の文献では肺生検に使われる針の外径が1.20oから0.560.51oになると気胸の発生率が37%から8%に下がるとされている。鍼治療によく用いられる20号鍼(3番鍼)の直径は0.20mm18号鍼(2番鍼)の直径は0.18oであるので、これらの鍼が肺内に刺入されて起こる気胸の発生率は8%を下回ることが示唆される。

肺生検針の外径が細くなるにつれて安静治癒の割合が74%から50%に下がっている(別表)。これを参考にすると鍼治療により発生した気胸の5割強はチェストチューブなどによる脱気処置が必要となり、5割弱が安静により治癒することが考えられる。また、肺生検により肺に穴を開けて組織を取り出しても開胸手術に至らないとされているので、肺に穴を開けただけの鍼治療により発生した気胸では開胸手術に至るものはないであろう。

3)自然気胸について

自然気胸は痩せていて、なで肩で背の高い人に起こりやすく、激しい運動をした後、仕事中、または夜寝ているときにも起こるとされる。発症の男女比では男性876)7)とするものと男性908)とする報告があるように男性が圧倒的に多い。

 自然気胸となり開胸手術に至る重篤な症例が109)あるとするものと3810)あるとするものがある。また、集計全症例中で初回発症408)とするものと537)とする報告があるように自然気胸は再発することが多い。自然気胸は卒中と同様に日常いつでも発症することから、鍼治療中に鍼治療とは関係なく自然気胸が発症し進行することが考えられる。
                       

4)鍼治療による気胸発生事故裁判の概要

筆者が鍼治療による気胸発生事故裁判の鑑定人を地方裁判所から依頼されたケースでは、被告の鍼灸師は気胸が起こるほど深く鍼を「肩井」に刺入していないと主張した。この信念から2年余も裁判が続いたものである。

原告の患者は背は高くないけれど痩せていて極端なナデ肩をしており、いわゆる気胸体質を備えていた。来院時の主訴は「肩こりがする」「胸が少し変」である。

気胸が発生した経緯は、まず「肩井」に刺鍼してビッと強く響き、その後段々と胸苦しくなったということで近くの病院に受診。検査結果から気胸が確認され、経過観察として鍼治療による外傷性気胸を疑われることになった。チェストチューブでは脱気できずに開胸手術に至り、しかも、手術によりブラ(気腫性嚢胞)を傷つけ漏気したということで、2回も開胸手術をやり直したという難しいケースであった。

前述の通り、自然気胸では開胸手術に至る重篤な例が10%または38%あるとするものがあるが、肺生検により発生した気胸が開胸手術に至ることはないとされる。従って、鍼治療により発生した気胸では開胸手術に至ることは考えにくい。また「肩井」は鍼当りを起こしやすい経穴であり、刺鍼による響きや脳貧血が起こりやすい部位であるといわれている11)12)13)

これらのことから本件は@原告である患者が開胸手術を必要とする重篤な自然気胸の発生初期に鍼治療を受けたA被告となった鍼灸師が、たまたま「肩井」という響きやすい部位への刺鍼により強い響きを肩や胸に与えたBこうした偶然が重なり、鍼治療により気胸が発生したと疑われたのではないか、という主旨の意見書を裁判所に提出した。本件は和解という形で決着することになった。被告となった鍼灸師の信念は正しかったと思われる。                          

○まとめ

肺生検気胸発生文献から検討すると、鍼が肺内に刺入されたときに起こる気胸発生の確率は8%を下まわると考えられる。脱気処置が必要となる気胸発生の確率は4%以下となるであろう。鍼治療により発生した気胸の5割弱は安静により治癒する。鍼治療により発生した気胸では開胸手術に至ることはないと考えられる。また、自然気胸は日常いつでも発症するとされることから鍼治療中に鍼治療とは関係なく発症し進行する可能性がある。

                          

引用文献

1)Yankelevitz DF.et.al. Aspiration of a Large Pneumothorax Resulting from Transthoracic Needle Biopy. Radiology 996;200:695-697

2)Poe RH.,et.al.Predicting Risk of Pneumothorax in Needle Biopsy of the Lung.Chest 1984;85(2):232-235

3)Zavala DC.,et.al.Ultrathin Needle Aspiration of the Lung in Infectious and Malignant Disease. Am Rev RespirDis 1981;123:125-131

4)雑賀良典 他.CT透視下肺生検の有用性の検討.肺癌200242(4)255-259

5)竹下祥敬,土屋良記.CTガイド下肺生検の検討.西尾市民病院紀.1996(1)20-22

6)内田和仁 他.自然気胸の内科的治療について.日胸199049(3)183-189

7)笹野進 他.自然気胸163症例(182回治療)の臨床的検討.日臨外医会誌 199455(2)309-312

8)加藤良一 他.自然気胸の治療.日胸199049(3)190-195

9)武野良仁,本田哲史.自然気胸.鳳鳴堂書店,2003.66-68

10)益田貞彦.自然気胸の外科治療.日胸199049(4)289-294

11)竹之内診佐夫,浜添圀弘.鍼灸医学.南山堂,1977.292-293

12)芹沢勝助.定本経穴図鑑.主婦の友社,1985.415

13)代田文誌.鍼灸治療基礎学.医道の日本社,1977.244-245