-山田鑑照研究室-

経穴部の神経伝達物質含有知覚神経が引き起こす
脳血流改善機序


  山田鑑照 医道の日本・第70巻4(平成234月号)(一部改)
 
 はじめに
 脳血流に関連する研究報告
  (1)脳循環調節における脳血管支配神経
  (2)三叉神経節電気刺激による脳並びに顔面血流増加
  (3)脳内におけるSP含有神経とニューロキニン1(NK1)受容体
  (4)マイネルト基底核におけるNK1受容体とコリンアセチル基転移酵素
      (ChAT)ならびに一酸化窒素合成酵素(NOS)
  (5)体表知覚神経への鍼灸刺激による大脳皮質血流(CBF)増加実験
  (6)後根神経節摘出実験
 考察
  (1)鍼灸刺激により引き起こされる脊髄網様体路を介する痛覚抑制、
    脳血流増加ならびに自律神経調節
  (2)経穴部神経伝達物質含有知覚神経への鍼灸刺激により脳血流を
    増加する4ルート
   (3)頭鍼療法作用機序
   (4)神経伝達物質含有知覚神経が引き起こす鍼灸作用機序
結語
 
 
1.はじめに

  経穴部神経伝達物質含有知覚神経への鍼灸刺激がどのような機序で脳血流を改善するか明らかにするために、脳血管神経支配、大脳皮質血流増加実験、後根神経節摘出実験などの文献について検討し、筆者が今まで研究してきた鍼灸末梢機序との関連について考察したので報告する。

2.脳血流に関連する研究報告

(1)脳循環調節における脳血管支配神経

  清水らの報告によると、脳血管外膜には、脳内神経核に起始する内因性神経や頭蓋外由来の外因性神経である交感、副交感、および知覚神経系の神経線維が分布し、脳血管の反応性をコントロールしている。脳血管外膜に分布する外因性神経としての交感神経系は上頚神経節を起源とし、ノルエピネフィリン(NE)やニューロペプチドを含み、内頚動脈に沿って上行し頭蓋内に入り脳血管に分布し、脳血管収縮および脳血流の減少作用を有している。副交感神経系は翼口蓋神経節、耳神経節、内頚神経節を起源としアセチルコリン(ACh)、血管作用性小腸ペプチド(VIP)、NPYなどを含む。知覚神経系は三叉神経節、内頚神経節、後根神経節(C1-3)を起源(図1)としサブスタンスP(SP)、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)を含み、副交感神経系とともに脳血流増加および脳血管拡張作用を有している。
 
 

(2)三叉神経節電気刺激による脳並びに顔面血流増加


   三叉神経節にSPやCGRPが豊富に含有することはよく知られている。塚原ら2)は、三叉神経脳血管枝である鼻毛様体神経電気刺激によるラットの脳血流増加現象は CGRP受容体阻害により抑制されたがNK1受容体阻害では抑制されないとして、SPよりもCGRPが脳血流増加に関与するとしている。

   Goadsbyら3)は、ヒト9名の三叉神経刺激により、顔面潮紅のみられた6名の外頚静脈中にSPとCGRP増加が見られた。また、ネコ5匹への三叉神経刺激により、5匹ともにSPとCGRPが外頚静脈中に増加したとして、三叉神経刺激により顔面血流増加を示唆している。

(3)脳内におけるSP含有神経とニューロキニン1(NK1)受容体

  SP含有神経が、脳血管に密に分布する報告は多い。詳細な神経切断実験、逆行性トレーサーにより、脳血管外膜に走行するSP含有神経は三叉神経節、内頚神経節、上頚部脊髄後根神経節において分布すること4)が明らかになっている。SPに高い親和性を持つNK1受容体は、ウィリス動脈輪前半部を中心に椎骨動脈や脳底動脈などにも認められている。NK1受容体陽性神経が確認された神経節として上頚神経節、翼口蓋神経節、耳神経節、内頚神経節、三叉神経節がある。副交感神経系のVIP含有神経にNK1受容体が認められており、脳血管においてSPは知覚神経系の神経伝達物質並びに血管作動性として作用するのみでなく神経調節因子として働く可能性がある5)と報告されている。

(4)マイネルト基底核におけるNK1受容体とコリンアセチル基転移酵素ChAT)
    ならびに一酸化窒素合成酵素
(NOS)

 前脳基底部マイネルト核(マイネルト核)には、SP受容体であるNK1受容体陽性神経が比較的高密度にヒト6)で認められている。また、マイネルト核には、NK1受容体陽性神経においてNOS8)が陽性であり、ChATによりアセチルコリンが産生され、また、NOSからNOが産生されることにより大脳皮質の血流量が増加するとされる。

(5)体表知覚神経への鍼灸刺激による大脳皮質血流(CBF)増加実験

 ラット大脳皮質血流増加実験として、一側のマイネルト核への電気刺激の強さに応じて同側のCBFが増加する9)。同様の実験により、マイネルト核に由来するコリン作動性神経が放出するAchの同側の大脳皮質における増加10)が確認されている。また、皮膚へのピンチング刺激によりマイネルト核単一神経細胞が興奮し11)、同様の実験でCBFが増加する12)ことも報告されている

  内田らはこれらの報告を受けて、ラット顔、前肢、後肢の一側に鍼刺激13)ならびに灸刺激14)を与えると、マイネルト核由来のコリン作動性神経により両側のCBFが10〜20%増加されるとしている。この反応は頚部交感神経と副交感神経(顔面神経)を両側切断しても、薬理的にアドレナリのα受容体を遮断し、さらにβ受容体を遮断しても影響を受けず、知覚神経を切断すると消失する(図2)。従って鍼灸刺激によるCBFの増加に自律神経は関与していないと結論できるとしている。
 
         

(6)後根神経節摘出実験


  福山15)のイヌ後根神経節摘出実験によると、後根神経節摘出により変性する同根で有髄の後根神経節由来知覚神経(後根神経) は皮膚や筋に分布し、また、交感神経幹を通り内臓に及んでいるとしている。残りの変性後根神経は交感神経幹中で上下に分岐し、異なる複数脊髄レベルの交感神経節より出て、皮膚、筋、内臓に至る(図3)。交感神経幹内の各脊髄レベルの神経線維は平均して51%が後根神経であった。 

  有髄後根神経は2776本が上頚神経節に流入する。これが内頚動脈神経中には2本になっている。福山は、上頚神経節に流入した多くの有髄後根神経が無髄化して、内頚動脈神経、頚静脈神経、舌下神経、舌咽神経、迷走神経などへの枝となり、流出して脳内に分布しているのではないかとしている。頚部交感神経幹を触ると頭や顔に痛みを訴え、また、内頚動脈神経叢を動脈から剥離する際に、頭、顔、頚、歯、耳などに痛みを生ずるという臨床報告があることから、後根神経が頭部や顔面に多量に分布していると考えられると報告している。
  
3.考察


(1)鍼灸刺激により引き起こされる脊髄網様体路を介する痛覚抑制、脳血流
      増加ならびに自律神経調節


  De Ceballosら16)は、ラットの一側の足へ熱刺激(62℃・30秒)を与え 24時間経過後、その腰髄を摘出して細察すると、強いモルヒネ様の作用を示すメチオニンエンケファリン(Met-enk)が両側性に70%増加し、SPは両側性に20〜25%減少したと報告している。これは一側(患側)への刺激から、両側脊髄においてMet-enkによる痛覚抑制機序が発現することを示している。この現象は健側に刺激をして患側の痛みをとるとする、古典にある「巨刺」の原理を科学的に説明できる機序となることが考えられる17)

  脊髄視床路とともに、体表の一般知覚を中枢に伝達するルートとして知られている脊髄網様体路は脊髄を両側性に上行し、延髄や中脳の下向性痛覚抑制核に線維を送り、脳幹網様体賦活系を刺激し、海馬、大脳基底部、マイネルト核に線維を送っている。これらのことから脊髄網様体路は痛覚抑制系であり、自律神経調節系 でもあるといわれている。一側への経穴刺激により、脊髄網様体路を介して両側の脊髄後角において痛覚抑制を引き起こし、延髄や中脳において下向性痛覚抑制を引き起こし、両側の網様体、海馬、大脳基底核、マイネルト核を刺激して両側大脳皮質脳血流の増加を引き起こし、自律神経を調節すること考えられる。De Ceballosらと内田らの実験は、脊髄網様体路を介して発現していることが示唆される。

(2)経穴部神経伝達物質含有知覚神経への鍼灸刺激による脳血流増加の       4ルート

  前述の報告から、鍼灸刺激を受けて経穴部神経伝達物質含有知覚神経が4ルートで脳血流増加ならびに自律神経調節に関与することが考えられる。

 @頭頂部・後頭部・側頭部(有髪頭部)の、大後頭神経・小後頭神経・大耳介神経領域への鍼灸刺激がC1-3後根神経節を介し椎骨動脈神経とともに脳内に至り、後大脳動脈、ウィリス動脈輪から脳内動脈系に至るルート。

 A 顔面の三叉神経領域への鍼灸刺激により、三叉神経節を介し鼻毛様体神経から内篩骨動脈、前大脳動脈、ウィリス動脈輪から脳内動脈系に至るルート。このとき顔面血流も増加する。

 B 体幹・体肢への鍼灸刺激が、後根神経を介し脊髄網様体路を経、マイネルト核から大脳皮質動脈系に至るルート。

 C 体幹・体肢への鍼灸刺激が後根神経を介し交感神経幹を上行し、内頚動脈神経とともに脳内に至って、前大脳動脈、中大脳動脈、ウィリス動脈輪から脳内動脈系に至るルート。


 (3)頭鍼療法作用機序

 頭鍼療法は刺鍼部位について、機能局在する大脳皮質各領野を頭蓋表面有髪頭部に想定するもの、有髪頭部経絡・経穴分布と全身との関係により決定するものがある。頭鍼療法が臨床効果を 引き起こす機序については明らかにされていない。今回の検討から、有髪頭部頭鍼経穴の存在する大後頭神経、小後頭神経、大耳介神経領域への鍼刺激がC1-3 の後根神経節を介して、椎骨動脈神経から後大脳動脈並びにウィリス動脈輪を経、脳内動脈系に伴走するSP並びにCGRP含有知覚神経に至り脳内血流増加や自律神経を調節するという頭鍼療法作用機序 の可能性が考えられた。また、三叉神経刺激により外頚静脈中のSPやCGRPが増加するという実験報告から、顔面(三叉神経)経穴への鍼灸刺激により脳内血流が増加するとともに、顔面における軸索反射 の拡散によりSPやCGRPが外頚動脈系の透過性亢進、血管拡張を引き起こし、顔面潮紅を誘発し顔面血流が増加することが示唆された。

(4)神経伝達物質含有知覚神経が引き起こす鍼灸作用機序

  経穴部に多く分布する神経伝達物質含有知覚神経への鍼灸刺激により、局所にSP並びにCGRPが放出され、SPによって血管透過性が亢進し、CGRPによって血管が拡張されることで局所血液循環が 改善される。局所の免疫細胞に対してSPが免疫を活性化し、CGRPが亢進した免疫機能を抑制することで免疫状態が中庸になるように調節される(図4)。これらの反応は、軸索反射により局所において拡散する。毛細リンパ管に密接して走行する知覚神経から放出されるSPとCGRPは毛細リンパ管に吸収され、リンパ節に至る。そして、リンパ節免疫細胞を刺激して全身免疫が中庸になるように調節する18)19)20)

  鍼灸刺激により引き起こされる局所軸索反射は体表遠隔・内臓21)および脳・ 頭蓋表面に伝搬し、各部の血液循環、免疫調節を引き起こす(図5)。鍼灸刺激は、脊髄後角において痛覚抑制を引き起こし、さらに脳幹からの下向性痛覚抑制を誘発する。体幹・体肢一側への鍼灸刺激により 引き起こされる痛覚抑制、脳血流増加並びに自律神経調節は、脊髄網様体路を介して両側性に発現する。


         
 4.結語

  脳血管神経支配、大脳皮質血流増加実験、後根神経節摘出実験などの報告から、経穴部神経伝達物質含有知覚神経への鍼灸刺激による脳血流増加の機序を検討した。@有髪頭部への鍼灸刺激により椎骨動脈神経を介してウィリス動脈輪・後大脳動脈から脳内動脈系の血流増加が起こる。A顔面刺激により三叉神経を介して ウィリス動脈輪・前大脳動脈から脳内動脈系並びに顔面の血流増加が起こる。B体幹・体肢への鍼灸刺激により脊髄網様体路からマイネルト核を介して大脳皮質の血流が増加する。C体幹・体肢への鍼灸刺激 により交感神経幹を経由して内頚動脈神経を介し、ウィリス動脈輪・前大脳動脈・中大脳動脈から脳内動脈系の血流増加が起こる。鍼灸刺激によりこれら4ルートから脳血流が増加する可能性が示唆された。

  筆者がこれまで発表してきた局所並びに遠隔臓器の血液循環改善、免疫調節、痛覚抑制の機序に、今回検討した脳血流改増加機序ならびに頭鍼療法作用機序を加えることにより、神経伝達物質含有知覚神経が引き起こす鍼灸作用機序の全体骨格を明らかにすることができた。
 

 引用文献
1)清水利彦,鈴木則宏. 脳循環調節における脳血管支配神経の役割. 脳循環代謝. 2005; 17:138-44.

2)塚原信也,鈴木則宏ら.三叉神経電気刺激によるラット脳血流増加現象におけるCGRP受容体の役割について,脳循環代謝. 2003; 15(2): 81-2. 

3)Goadsby PJ, Edvinsson L, et al. Release of vasoactive peptides in the extracerebral circulation of humans and the cat during activation of the trigeminovascular system. Ann neurol. 1988; 23: 193-6.

4)鈴木則宏.脳血管の神経支配. 脳神経. 1993; 45(1): 6-19.

5)清水利彦,鈴木則宏. 新しい脳循環調節神経. Clinical Neuroscience. 2004; 22:403-5.

6)Weidenhofer J, Yip J, Zavitsanou K, et al. Immunohistochemical localisation of the NK1 receptor in the human amygdala: Preliminary investigation in schizophrenia.Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2006; 30: 1313-21.

7)Oda Y, Nakanishi I. The distribution of cholinergic neurons in the human central nervous system.Histol Histopathol. 2000; 15: 825-34.

8)Tong XK,Hamel E.Basal forebrain nitric oxide synthase (NOS)-containing neurons project to microvessels and NOS neurons in the rat neocortex: cellular basis for cortical blood flow regulation.Eur J Neurosci. 2000; 12: 2769-80.

9)Biesold D, Inanami O, Sato A, Sato Y. Stimulation of the nucleus basalis of Meynert increases cerebral cortical blood flow in rats. Neuroscience Letters. 1989; 98: 39-44.

10)Kurosawa M, Sato A, Sato Y. Stimulation of the nucleus basalis of Meynert increases acetylcholine release in the cerebral cortex. Neuroscience Letters. 1989; 98: 45-50.

11)Akaishi T, Kimura A, Sato A, Suzuki A. Responses of neurons in the nucleus basalis of Meynert to various afferent stimuli in rats. NeuroReport. 1990; 1: 37-39.

12)Adachi T, Meguro K, Sato A, Sato Y. Cutaneous stimulation regulates blood flow in cerebral cortex in anesthetized rats. NeuroReport. 1990; 1: 41-4.

13)Uchida S, Kagitani F, Suzuki A, Aikawa Y. Effect of Acupuncture-Like Stimulation on Cortical Cerebral Blood  Flow in Anesthetized Rats. Japanese Journal of Physiology. 2000; 50: 495-507.

14)Uchida S, Suzuki A, Kagitani F, Nakajima K, Aikawa Y. Effect of Moxibustion Stimulation of Various Skin   Areas on Cortical Cerebral Blood Flow in Anesthetized Rats. Am J Chin Med. 2003; 31(4): 611-621.

15)福山右門.牛の歩み40年(福山右門教授最終講義録).福山右門教授研究業績目録. 1975: 1-40.

16)De Ceballos ML, et al. lncreased [Met]Enkephalin and Decreased Substance P in Spinal Cord Following Thermal lnjury to One Limb. Neuroscience. 1990; 36(3): 731-6.

17)山田鑑照, 星野洸,渡仲三.経穴部のSubstance-P含有線維が即時に引き起こす局所性痛覚抑制の機序について.医道の日. 1995; 54(9): 13-8.

18)山田鑑照,星野洸,渡仲三.ヒト合谷相当部におけるSubstance-P陽性線雜とリンパ系の関連について.全日鍼灸会誌. 1994; 44(2): 149-154.

19)山田鑑照,星野洸,渡仲三.経穴への鍼灸剰激がリンパ管を介して免疫系を賦活する機序について.医道の日. 1994; 53(12): 14-21.

20)Yamada K, et al. An Examination of the Close Relationship between Lymphatic Vessels and Nerve Fibers Containing Calcitonin Gene-Related Peptide and Substance P in Rat Skin. Nagoya J Med Sci. 1996; 59: 143-50.

21)山田鑑照,渡仲三.神経伝達物質含有知覚神経線維が引き起こす鍼灸治療臓器疾患治効機序.医道の日. 1999; 58(11):31-42.