ー山田鑑照研究室ー
               
  「経穴部のSubstance-P含有線雜が即時に引き起こす   
    局所性痛覚抑制の機序について」   
 
山田鑑照 医道の日本 第549(平成79)(一部改)
はじめに
1)  脊髄後角におけるSubstance-P(以降SP)含有線維
2) Met-Enk含有線維の分布
3) 筆者らのラットにおけるMet-Enk含有線維の分布についての研究
4) 脊髄後角においてSP含有線維とMet-Enk含有線維がシナプス結合すること
5)  SPが脊髄クモ膜下腔に注人されるとMet-Enkが脊髄液中に増加する動物実験
6) Met-EnkがSP含有線維のSP放出を抑制する実験
7) Met-Enkが脊髄後角で痛覚抑制をする電気生理学的実験
8) 熱刺激が脊髄においてMet-Enkを放出させ、さらにSP放出を抑制する動物実験
9) 脳由来の下行性痛覚抑制と脊髄由来の痛覚抑制
10 疼痛閾値が上昇する」こと
  終わりに

○はじめに

  鍼灸臨床において刺鍼や施灸直後に痛みや圧痛が半減したり、消失することがしばしばある。この現象は、即時に発現することから脳内で産生されるβエンドルフィンが引き起こす鍼麻酔によるものとはその機序が異なると思われる。βエンドルフィンと同様にモルヒネ様の作用があり、脊髄後角に存在するメチオニンーエンケファリン(以降Met-Enk)がこの機序に関与すると推測し、その可能性を考えてみたい。

1)脊髄後角におけるSubstance-P(以降SP)含有線維

  皮膚や他の臓器からの痛覚を伝達するためにSP含有一次知覚ニューロンは後根神経節を経由してその終末を脊髄後角に送っている。この脊髄後角において痛覚刺激を視床に伝達する二次知覚ニューロンとシナプスを形成する。そして、二次知覚ニューロンは視床において三次知覚ニューロンとシナプスを形成する。三次知覚ニューロンは大脳皮質中心後回の知覚領に痛覚を伝達する。SP含有一次知覚ニューロンの末端で痛覚刺激や侵害刺激を受けると、その直後に脊髄後角のシナプスにおいて神軽伝達物質(ニューロペプチド)であるSPを放出することにより痛覚を上位中枢に伝達している。

2)Met-Enk含有線維の分布

  強いモルヒネ様の作用を示すMet-Enkを含有するMet-Enk含有線維は脊髄後角に時に密に存在する1)2)3)4)とされている。イヌ2)とブタ3)においてMet-Enk含有線錐は脊髄後角に存在するが、脊髄後根神経節には存在しないとする報告がある。また、脊髄後角に存在するMet-Enk含有線維は、脊髄の上位を切断5)しても、後根神経節を電気的に破壊6)してもその数に有意な変化が認められなかったとして、それが脊髄分節性に介在ニューロンとして存在するとされている。しかし、サルの脊髄後根神経節から少量、ネコの脊髄後根神経節と三叉神経節からごく少量のMet-Enkが抽出7)されている。

3)筆者らのラットにおけるMet-Enk含有線維の分布についての研究

  筆者らは東洋医学研究財団の研究助成を受け、このMet-Enk含有線維が脊髄後角のみに分布するものか、後根神経節や皮膚にも存在し、これを鍼灸により直接刺激できるものかどうかを明らかにするためにMet-Enkを一次抗体として酵素抗体法(SAB)によりラットにおいて観察を続けている。現在のところ脊髄後角にこのMet-Enk含有線維を確認するのみで、後根、後根神経節、皮膚には観察されていない。

)脊髄後角においてSP含有線維とMet-Enk含有線維がシナプス結合すること

  Met-Enk
含有線維は脊髄後角において、SP含有-次知覚ニューロンと二次知覚ニューロンとのシナプス付近においてシナプス結合する。これには一次知覚ニューロンと二次知覚ニューロンとのシナプスの前で結合する説8)(図1)と、このシナプスの後で結合する説6)9)があるが後者が有力10)である。SP含有線維のシナプスの直前または直後でMet-Enk含有線維がシナプスを形成することは、隣接する各シナプスから放出されるニューロペプチドがお互いに即時に影響を与えることを意味している。
  
 
   図1 痛覚節前抑制の模式図  
     

)SPが脊髄クモ膜下腔に注人されるとMet-Enkが脊髄液中に増加する動物実験

  ラットの脊髄クモ膜下腔にSPを注入し、脊髄液を灌流して分析するとSP注入直後をピークにして約30分間Met-Enkの放出が増加するとしている。しかも、それはSPの濃度に依存する11)としている。このことから皮膚での侵害刺激の強さに比例してSP含有線維の脊髄後角において放出されるSPが、Met-Enk含有線維を即時に刺激してMet-Enkをより多く放出させることが考えられるであろう。

)Met-EnkSP含有線維のSP放出を抑制する実験

  ヒヨコの胚の胸髄と腰髄レベルの後根神経節を摘出して培養し、これに電気刺激を与えてSP放出量を計測し、その放出の抑制率がモルヒネは約50%であるのに対し、Met-Enk70%を越える12)としている。ラット脊髄後角とSP含有線錐の解剖学的分布がきわめて類似するラット脳幹部三叉神経核における同様の実験8)(図2)も報告されている。これらから皮膚への痛覚刺激による脊髄後角におけるSP含有線維のSP放出がMe-Enkによって即時に抑制され、結果として痛覚が抑制される可能性がある。

      図3 脊髄後角細胞の自発発射と誘発発射   


)Met-Enkが脊髄後角で痛覚抑制をする電気生理学的実験

  ネコの後肢への痛覚刺激に対応する脊髄後角細胞を検出し、その自発発射や誘発発射(図3)を観察し、この脊髄後角細胞にMet-Enkを投与すると即時に各スパイク数が減少するという報告9)がある。これは皮膚での痕覚刺激により活性化したSP含有細胞の活動性が脊髄後角においてMet-Enkにより抑制され、痛覚が抑制されたことを示す。

8)熱刺激が脊髄においてMet-Enkを放出させ、さらにSP放出を抑制する動物実験

  ラットの鼻や尾に熱剰激(52℃・10秒・3回/1分・30分間)を与えると灌流脊髄液中にMet-Enkが即時に放出され、しかもこれが脊髄分節性である13)とすること。また、ラットの足へ熱刺激(62℃・30秒)を与え24時間経過後、その腰髄を摘出して抽出し細察すると、Met-Enkは両側性に70%増加し、SPは両側性に2025%減少する14)という報告がある。これらは皮膚への熱刺激により脊髄後角でSPが放出され、このSPMet-Enk含有線維を刺激しMet-Enkを放出させ、さらに、このMet-EnkSP含有線維のSP放出を抑制する。結果として侵害刺激が痛覚抑制を引き起こす現象をin vivo(生体内)で発現させることを示している。

  本実験において、一側の足への刺激により腰髄においてMet-Enkは両側性に70%増加し、SPは両側性に2025%減少したとしている。これは一側への刺激により両側性の痛覚抑制の発現を来すことを意味している。また、痛みのある側への刺激でなく、痛みのない側への刺激により反対側の痛みが減少することを意味しており、古典にみられる「巨刺」の原理を示唆している。

)脳由来の下行性痛覚抑制と脊髄由来の痛覚抑制

  皮膚に侵害刺激を与えると、これに反応する脊髄後角細胞のスパイク発射が、脊髄を氷で被ったり横切断すると増加し、また、脳の一定部位を電気刺激すると減少することから脳由来の下行性痛覚抑制があるとされている。この下行性痛覚抑制を引き起こす部位として脳幹部の中脳水道周囲灰白質、大縫線核、延髄巨大細胞網様体核、傍巨大細胞網様体核などが考えられている15).この下行性の痛覚抑制は、その経過で5-HTMet-Enkを含有する線維ほか数種のニューロンを介している16).従って、皮膚におけるSP含有線維がその端緒において関与しているであろう下行性痛覚抑制は、その発現までに相当の時間を要するものと思われる。

10)「疼痛閾値が上昇する」こと

  鍼灸刺激により脊髄後角にあるSP含有線維がMet-Enk含有線維を活性化し、Met-Enkを放出させると、皮膚での痛覚が抑制されることになる。この状態は「疼痛閾値が上昇する」という現象をよく説明していると思われる。逆に、痛覚過敏な者は脊髄後角のMet-Enk含有線維が活性化していなくて痛覚抑制が発現しにくく、鍼灸刺激によりSP含有線維を介してMet-Enk含有線を活性化すると痛覚抑制が発現し、いわゆる「疼痛閾値が上昇」し痛みに強くなると考えられる。この現象はSP含有線維が多い軽穴部では効率的に発現するが非経穴部にも少量のSP含有線維は存在するので、それなりに発現することもあろう。

○終わりに

  筆者らは、すでにSP含有線維が経穴部に多く存在し、鍼灸刺激によりその終末よりSPが放出され、これが密接して走行する毛細リンパ管に吸収され免疫系を活性化する17)18)こと。さらに、このSPが毛細リンパ管に吸収され平滑筋に富むリンパ管内を通過する際SPがリンパ管の平滑筋を刺激し、循経感伝現象を発現させる機序17)19)の可能性を報告した。そして今回の経穴部に多く存在するSP含有線維が局所性痛覚抑制を引き起こす機序(図4)の可能性は種々な角度からの報告により確かなことと考えられる。
 Met-EnkはT細胞機能、NK活性、食細胞機能を活性化し、抗体産生を抑制するとされている。Met-Enkの痛覚抑制機能と免疫機能との関係については今後の研究課題としたい。

〇本研究に対して研究助成を賜った東洋医学研究財団に深謝します。

   図4 経穴への進級刺激による免疫系賦活と局所性痛覚抑制  
引用文献
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 )  L.Bonfanti et al.:Distribution of Five Peptides,Three General Neuroendcrine Markers,and Two Synaptic-Vesicle-Associated Proteins in the Spinal Cord and Dorsal Root Ganglia of the Adu1t and Newborn Dog:An Immunocytochemical Study. The American Journal of Anatomy l9l;54~166.(1991)
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)  S.katoh et al.: Light-and Electron-Microscopic Evidence of Costoring of lmmunoreactive Enkephalins and Substance P in Dorsal Horn Neurons of Rat. Cell Tissue Research 253;297303.(1988).
)  M.A.Ruda et al.: Role of Serotonin(5-HT) and Enkephalin (Enk) in Trigeminal and Spinal Pain Pathways. Journal of Dental Research 62:691.(1983)
6)  K.K.Sumal et al.: Enkephalin-Containing Neurons in Substantia Gelatinosa of Spina1 Trigeminal Complex: Ultrastructure and Synaptic lnteraction with Primary Sensory Afferents. Brain Research 248:223~236.(1982)
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10)  遠山正彌ほか.:化学的神経機能解剖学,397~415,第1版,厚生社,大阪.(1987)
11)  J.Tang et al.: The Effect of Peptidase lnhibitors on the Release of Met5-Enk-Arg6-Phe7(YGGFMRF) and Met5-EnkephalIn  (YGGFM) from Spinal Cord lnduced by Substance P in Vivo. Life Science 33(Sup.1);121124.(1983)
12)  H.M.Chang et al.: Sufentanil, Morphine, Met-Enkephalin, and K-Agonist(U-50,488H) lnhibit Substance P Release from Primary Sensory Neuron: A Model for Presynaptic Spinal Opioid Actions. Anesthesiology 70;672677.(1989)
13)  F.Cesselin et al.: Segmental Release of Met-Enkephalin-Like Material form the Spinal Cord of Rats, Elicited by Noxious Thermal Stimuli. Brain Research 484;7177.(1989)
14)  M.L.De Ceballos et al.: lncreased [Met]Enkephalin and Decreased Substance P in Spinal Cord Following Thermal lnjury to One Limb. Neuroscience 36(3);731736.(1990)
 15)  花岡一雄ほか:わかりやすい神経系の話”痛みの伝導系”を探る,6064,2,メディカルトリピューン,東京.(1988)
16)  遠山正彌ほか.:化学的神経機能解剖学,395~397,第1版,厚生社,大阪.(1987)
17)   山田鑑照ほか: ヒト合谷相当部におけるSubstance-P陽性線雜とリンパ系の関連について,全日本鍼灸学会雑誌,44(2);49~154. (1994)
18)  山田鑑照ほか:経穴への鍼灸剰激がリンパ管を介して免疫系を賦活する機序について,医道の日本53(12);1421,横須賀.(1994)
19)  山田鑑照ほか.: 循経感伝現象がリンパ管において発現する機序について,医道の日本 54(3);22~27,横須賀.(1995)