カホン(Cajon)という楽器

カホン(Cajon)という楽器 (H21年医師会機関誌投稿)

1.カホンって何?


カホン(Cajon)という楽器をご存知でしょうか。ペルー・キューバで発祥した打楽器で、全体が木で出来ている箱型のラテン系パーカッションです。前からずっと気になっていたのですが、ついにお盆休みに買ってしまいました(19500円)ので、ちょっとご紹介させていただきましょう。

日本では、カホンはペルー式と呼ばれる、写真1のような四角い箱のものが一般的で、前面が叩くところです。前面(打面)だけは板の厚みが薄く(3〜4mm)、素材もちゃんとしたものですが、他の部分は頑丈なベニヤ板でできています。サイズは30x30x48cmぐらいが標準的で、後ろ側に大きな穴があります。ただ、世界にはキューバ式という別なタイプもあって、箱型ではあるものの、四角だけでなくさまざまな形のものがあり、サイズもいろいろです。

2.カホンの構造と音


演奏に使う打面(つまり前側)の木の材質は、一般的にはバーチが多いですが、ブビンガ、シナ、チーク、エボニー、スプルースなど他にもいろいろあり、木の材質によって音の性格が変わります。私が買ったカホンの打面は、ブビンガという木でできており、中低域に量感のある低音が特徴的です。

裏側から見ると、写真2にように大きな穴が開いています。この穴は、内部で反響した音、特に低い音の音圧を外に逃がすためのものです。カメラのフラッシュのせいで中が明るく見えていますが、本来は暗い感じの穴です。

私の買ったカホンは、打面の裏側に響き線(ギターの低音弦のようなもの)と鈴が取り付けられていて、打面の上の方を叩くとバズ(Buzz)音が出る仕組みになっています。バズ音というのは、バシャッというような感じのノイズ的な音で、スネアドラムや鼓笛隊の小太鼓を打つと出てくるような音です。バズ(Buzz)は、ブザー(Buzzer)の語源になっている言葉です。
スネアドラム(ドラムセットの真ん中にあるやつ)は裏側にスナッピーというコイルがついていて、それがバシャッというバズ音のもとになっているのですが、カホンも、響き線の代わりにスナッピーが付いていて、ストレイナーでon/offができるものもあります。

写真3は裏側にある穴から中を覗き込んだものです。バズ音のもとになる響き線がV字型に2本ずつ張られており、鈴も4つ付いているのがわかりますね。その向こうに見えているのが、前側の板、つまり打面です。

具体的な演奏方法は、もう少し後の部分に書きますが、一言で言えば、写真4のように楽器の上に座って叩きます。そういう楽器って、他にはあまり聞いたことがありませんね。
四角ですから、部屋の片隅に置いておいてもあまり邪魔にはなりませんし、使わないときは、その上に置物を飾っておいても大丈夫です。それに、椅子の代わりにもなります。以前からジャンベ(西アフリカ系の打楽器)が欲しいなと思っていたのですが、ジャンベは嫁さんの大反対に合うのは目に見えていましたので、あきらめていました。しかし、カホンなら、ご機嫌が少し斜めになるぐらいですみます。

3.カホンの初期の歴史


カホンは、もともとスペイン語で箱とか小さなタンスを意味している言葉です。一般的には、カホンはペルーで発祥したと言われていますが、少し別系統の形をしたカホンがキューバでも古くから使われていましたので、どちらが古いのかはよくわかっていません。ただ、どちらの国でも、おそらくアフリカから連れてこられた黒人たちが、仕事の合間に音楽を演奏するときに、箱やタンスなどを叩いてリズムをとったのが、もととなっているのでしょう。ペルーでは1800年代後半からカホンは現在のような形に発展を遂げ、今では国を代表する楽器として扱われています。

ペルーの音楽と言ってすぐ頭に浮かぶのはフォルクローレで、確かに世界的に有名ですが、カホンはフォルクローレでは全く使われていません。フォルクローレはアンデスの山間部の音楽ですが、カホンが使われているのは、首都リマを含む海岸部で発達している、クリオーヤ音楽(白人系)とアフロ・ペルー音楽(黒人系)の方です。ペルー本国のカホンは、現在日本でよく使われているカホンよりも板の厚みが厚く、響き線や鈴がついておらず、もう少しシンプルな音がするようです。

キューバでのカホンは、1800年代末にキューバで流行したルンバという音楽で登場してきました。ルンバというと何だか社交ダンスを思い出しますが、現在の社交ダンスのルンバは、欧米に伝わってもう少し洗練された音楽が日本に伝わってきたもののようで、オリジナルのルンバとはかなり違うという話です。これは、タンゴにもコンチネンタル・タンゴとアルゼンチン・タンゴがあるような関係かもしれません。
このキューバでルンバが最初に流行したときには、カホンがかなり打楽器の主流を占めていたようですが、コンガが登場してからは、主役の座からは外れました。しかし、現在でもルンバを含めたキューバ音楽では、しばしば用いられている打楽器であることは確かです。

4.フラメンコからポップスへ


1900年代半ばまでは、カホンは中南米の民族楽器という位置づけで、ラテン音楽ではよく使われていたものの、いわゆる欧米の音楽には全く使われていませんでした。しかし、スペインの世界的に有名なフラメンコ・ギタリストであるパコ・デ・ルシアが、1970年代にペルーへコンサートに行ったときに、ペルーのパーカッショニストのカイトロ・ソトからカホンをもらいました。パコは、それがとても気に入ってスペインに持ち帰り、自分のコンサートでも頻繁に使うようになりました。

それまでのフラメンコの打楽器音と言えば、パルマ(手拍子)、ゴルペ(ギターの胴体や机を叩く)、パリ−ジョ(踊り子の持つカスタネット)、サバテアード(踊り子の足踏み)が主体で、バックの演奏の方に独立した打楽器が存在しているわけではありませんでした。しかし、パコが使い始めてから、カホンは瞬く間に広がり、世界中でフラメンコのリズム楽器として定着してしまいました。

フラメンコと言えばスペインの伝統的な音楽で、そこに突然ペルーの民族楽器が入り込んで、あっという間に定着してしまったことには、本当に驚かされます。日本の古典芸能や民俗芸能でそんなことが起こると思えません。これは、音楽は生き物であるという証拠でしょうし、欧米人のふところの深さをうかがわせる一面でもあるのでしょう。近年では、フラメンコの打楽器として、ジャンベ(深胴の片面太鼓)やウドゥ(横に穴の開いた壷のような楽器)など、アフリカ系の打楽器もさかんに使われるようになっています。

フラメンコで用いられるようになってから、カホンは打面の裏側に響き線(ギターのワイヤーを二重に張ってあります)と鈴が付けられるようになりました。それによってバズ音が出せるようになり、音色にも幅が広がり、ドラムセットに近い雰囲気が出せるようになりました。そして、フラメンコをきっかけに世界的に有名になったカホンは、1990年代になると、ジャズ、ポップス、ロック、フュージョンなど、あらゆる音楽に取り入れられてゆきます。日本でも、数多くのミュージシャンが、バックのパーカッションの中で使っています。

最近、特にストリートミュージシャンに強い支持を受けているようで、金山駅などでもときどき見かけます。ドラムセットは持ち運びやセッティングが大変ですが、カホンは電源もいらないし、3〜4kgと軽く、値段も安い(2万円前後)です。それに、そもそもフォークギター1本とリズムセクションのコラボレーションでは、普通のドラムセットでは音が大きすぎます。生のフォークギターとカホンの組み合わせは、音量のバランスがよく、音色もとてもマッチしているので、これからもっと普及してゆくと思われます。

5.カホンの音と演奏


歴史の話ばかりしても、カホンを見たことが無い人には、さっぱりわからないでしょうから、音と演奏方法の話に移りましょう。
写真4〜6のように、ペルー式のカホンは、楽器の上に足をガニマタに開いて座り、演奏を行います。楽器の上に座っているというのは、一見楽そうなのですが、ずっと下を向いているので、実はすぐに腰が痛くなります。また、打面を見て演奏をしていると、どうしてもうつむき加減になってしまうので、あまりビジュアル的に良くないということも問題です。

音の方ですが、私の買ったカホンは、打面の裏側に響き線と鈴が取り付けられていて、打面の上の方を叩くとバズ(Buzz)音が出るということは、最初の方に書きました。カホンは、このバズ音の入ったミドル、ハイの音と、バズ音の入らないバス(Bass)音の組み合わせで演奏を行います。写真5のように右手と左手の両方を使い、多くの場合は交互に叩きますが、どちらの手がバスかミドルかというような決まりはありません。ただ、小節の頭の音は右手から入るのが普通のようです。

バス:(写真6左上)
カホンは打面の真ん中付近を手のひらで叩くと、ドンというようなバスドラムに近い音がします。正確には第2〜4中手指節関節(MP関節)の手のひら側です。きちんと手のひらで叩いた場合は、不思議とバズ音は出ません。
近位指節間関節(PIP関節)や遠位指節間関節(DIP関節)付近で叩く奏法もありますが、相対的に音量が小さくなります。

ミドル:(写真6右上)
打面の比較的隅の方をPIP関節付近で強く叩くと、バシッというスネアドラムのようなバズ音がでます。この叩き方が一番難しく、下手にやると、グシャッというみっともない音になりますし、わずかな位置の違いでバズ音の程度や音色が変化します。

ハイ:(写真6左下)
ほとんど打面のコーナー付近をDIP関節で打つと、バズ音が少しだけ混じった高い音が出ます。コーナーと言っても、上の方であれば、両端近くでなくて真ん中でもかまいません。音量自体は小さく、ハイハットのような感じで、主にリズムをキープするのに使われます。ただ、音色自体は、ちょっとハイハットとは違います。

サイド:(写真6右下)
打面ではない箱の横側は、普段は使いませんが、叩くとバズ音の無いやや中高音域の固めの音がします。あくまで味付け的な役割です。しいて言えば、リムショット(ドラムの縁を叩く音)のような感じです。

この他に、スラップ、タッチなどの奏法もありますが、いずれにしても、複雑なリズムを規則的に、しかも叩く打面の位置と、叩く手の部分を考えてやらなければいけないわけで、それなりに難しいです。

6.最後に


お盆休みに手に入れたカホンの紹介をさせていただきましたが、どうでしたでしょうか。音楽用語が多くて、わかりにくかったかもしれませんね。いずれにせよ、文章で音を伝えるのは難しいので、YouTubeで一度「カホン」を検索してみてください。山のように、カホンのビデオが出てきます。スピーカーボックスか整理タンスとしか思えないような箱が、ちゃんとした楽器であることがわかると思います。

まだ買ったばかりで練習が進んでいませんが、8ビートや16ビートなど、基本的なものはできるようになりました。これからは、いろいろなラテン系のリズムに挑戦して行きたいと思います。私の演奏を聞かせてくれと言われても困りますが、一度叩かせてくれという話ならいつでもOKです。ぜひ一度見に来てください。