カムチャッカ半島というと、日本からはるかに北の極寒の地というイメージでしたが、カムチャッカに行くことにしていろいろ調べてみると、ずいぶん誤解があることがわかりました。カムチャッカの中心地ペテロパブロフスク・カムチャッキー市(以下ペテロパブロフスク)は、冬の最低気温はマイナス10度ぐらいと北海道と大差なく、夏は北海道より5〜6度低いけど涼しくてちょうど良い気温、といった感じです。
このペテロパブロフスクの思ったより温和な気候は太平洋の沿岸海流のせいだそうで、同じカムチャッカ半島でもオホーツク海に面した西海岸は、冬の最低気温はマイナス20度ぐらいのようです。一方、札幌とほぼ同じ緯度のウラジオストクは、夏は北海道と同じくらいの気温ですが、冬は北海道どころか、はるかに北のペテロパブロフスクよりもずっと寒いです。
1月の気温 | 8月の気温 | |||
最低 | 最高 | 最低 | 最高 | |
ペテロパブロフスク | -9.9 | -5.3 | 10.2 | 15.8 |
ウラジオストク | -15.3 | -8.0 | 17.7 | 23.3 |
釧路 | -9.9 | -0.6 | 15.5 | 21.2 |
札幌 | -11.9 | -1.9 | 17.1 | 24.9 |
カムチャッカへ直接行く飛行機は無いので、まずウラジオストクへ行ってからになります。成田からS7航空で飛行時間2時間半、日本との時差は1時間です。S7航空なんて聞いたことがないと思ったのですが、ロシア最大の国内航空会社シベリア航空のことで、2007年からはS7航空という名前で運行しているようです。黄緑色のきれいな機体の飛行機に乗り、夕方にはウラジオストクに到着しました。
ロシアの航空会社と言えば機体はツボレフかと思ったのですが、今はエアバスとエンブラエルばかりで、ロシア製の機体は使っていないんですね。ロシアの航空会社の操縦士は軍人上がりなのか、離陸・着陸のスムーズさは素晴らしく、操縦はとてもうまいなと思いました。
ウラジオストクは、極東ロシア最大の都市で人口70万人、中心部は高層ビルや高速道路もたくさんあります。歩いているのは当然ながらロシア人で、街の雰囲気はヨーロッパそのもの。ウラジオストクは日本から一番近いヨーロッパなんだなと、あらためて感じました。最終目的地はカムチャッカですが、1日だけちょっと市内観光です。
朝起きてホテルを出発、最初に鷺の巣展望台へ向かいました。昔の軍事要塞跡のようですが、港や町を一望にできる高台で、海を越えて対岸のルースキー島につながる大きな橋が眼下にあり、素晴らしい眺めです。ルースキー島は、2012年にここでAPECサミットが開催されたのをきっかけに急速に開発が進み、リゾート地としても整備されてきているという話です。
次にウラジオストク駅からシベリア鉄道に乗りました。ウラジオストクの駅舎は100年前に建てられた古い建物ですが、何度も改修工事がされているせいかとてもきれいで、現在でも現役で使われています。駅の正面には巨大なレーニン像が立っており、どこか遠くを指さしています。ソ連が崩壊しても堂々と残っているなんてびっくりですが、逆に言えば、極東ではレーニンもそんなに特別な人として扱われていなかったのかもしれません。
我々一行が乗ったのは単なる普通列車で、モスクワまで走る寝台特急のロシア号などではありません。ですから、乗客は地元の近距離を乗るロシア人ばかりで、駅の改札口は通らずに直接ホームへ下り、検札は車掌さんが列車内で行います。シベリア鉄道は新幹線と同じ広軌のため列車の幅がとても広く、椅子は左右ともに3人掛けとなっています。アムール湾を眺めながら電車に揺られて30分、6つ目の駅で降りるとバスが待っていてくれて、次の目的地へ向かいました。
途中で大きなショッピングセンターに寄りました。食料品や生活用品が所狭しと並んでいますが、いわゆるヨーロッパと違うのは、魚介類やその加工製品がとても多くて、食料品売り場は魚の干物のにおいがぷんぷん。また、日本と比べて果物の種類がとても豊富です。果物類は中央アジアから来るらしいのですが、ガイドさんは「果物は国産のもので、ウズベキスタンから送られてくる。」なんて説明しています。まあ、ソ連崩壊まではウズベキスタンも国内だったわけだから良いのですが、ロシア人はいまだに頭が切り替わっていないようです。
潜水艦博物館へ行った後、ウラジオストクの一番の繁華街の噴水通り周辺を1時間ぐらい散策。韓国人や中国人がとても多いけど、街並みはやはりヨーロッパの雰囲気ですね。夕食は、ジャズサックスの生演奏が流れる落ち着いた店でロシア料理を食べました。ウラジオストクは札幌と緯度が同じなので、日が暮れる時間は日本と大差ありません。日が暮れた後、もう一度最初に行った鷺の巣展望台へ行きました。朝と違って街並みや港の夜景はとても素晴らしく、高速道路からルースキー島へかかる大きな橋も、とても綺麗でした。
朝5時にホテルを出発して、空港へ向かいました。今回だけは、オーロラ航空という航空会社の飛行機です。ウラジオストクからペテロパブロフスクまでは飛行時間3時間15分、成田からウラジオストクよりもずっと遠く、距離だけで言うと2倍以上あります。時差はウラジオストクからさらに2時間で、日本とは3時間差になります。
ペテロパブロフスクの空港はさすがに小さく、飛行機からタラップで降りて歩いて行くと、ビニールハウスの温室のようなところに入り、なんとそこが荷物のターンテーブル。荷物を受け取ったらすぐに出口で、結局、小さな空港の建物には一度も入らずおしまいでした。ただ、特に問題は無く、シンプルさに好感が持てました。空港では通訳ガイドさんが待っていてくれ、バスに乗り込んで市街地へ向かいます。
ペテロパブロフスクは人口20万人のそれなりに大きな都市で、姉妹都市の釧路市と規模はだいたい同じだという話です。カムチャッカ半島は、もともとは先住民族が住んでいた地域ですが、1740年にロシアの探検船が自然の不凍港アバチャ湾を発見し、そこに町を作ってゆきました。その町がペテロパブロフスクで、しだいに極東ロシアの軍事的・政治的な中心地となって行きました。ただ、1860年にロシアが中国(清王朝)から沿海州を譲り受け、そこにウラジオストクの町ができてくると、1867年にロシアはアラスカをアメリカに売却したこともあり、極東ロシアの政治的・軍事的な中心地はしだいにウラジオストクに移って行きました。
ペテロパブロフスクは今でもカムチャッカ半島の中心地であることは確かで、カムチャッカ半島の人口31万人のうちの65%を占めています。環太平洋火山帯で火山がたくさんあるし地震もあるし、高い建物は法律で制限されているそうで、人口規模の割にひなびた感じです。おもな産業は水産業で、市民の7割近くが水産業関連の仕事についています。なお、ペテロパブロフスクをはじめとするカムチャッカの都市は、大陸中心部とつながる鉄道や道路は無く、モスクワなどロシアの他の地域に行くのには飛行機か船を使うしかありません。やっぱり地の果てですね。
市内観光と言っても大したものはありませんが、最初に行ったのはトリニティー大聖堂。大きなロシア正教の聖堂で、比較的新しい感じの建物です。中に入ると金色の額に入ったイコンがたくさんあって、とても美しいです。聖堂はやや高台にあるので、ここからは町が一望に見渡せます。次はレーニン広場、名前から分かるように、やっぱりここにも大きなレーニン像が壊されずに残っています。アバチャ湾に面した広い広場で、周りには州行政府庁舎・劇場・映画館など、いろいろな施設が立ち並んでいます。アバチャ湾の向こうには、明日出かけることになっているビリュチンスキー山も見えています。気候が良いせいか、広場の花壇は花でいっぱいです。ただ、花壇にある花は高山植物ではなく、マリーゴールド、ペチュニア、ベゴニアなどと、どこにでもある花でしたが。
そのあと、クリミア戦争戦士の墓、展望台など数か所を回り、最後はやっぱりスーパーマーケット。新鮮な生魚、魚の干物やスモークサーモンがとても安いけど、ここで買っても持って帰れません。また、キャビアみたいなものが恐ろしく安いけど、キャビアはここではとれないはずだから、どうも他の魚の卵っぽい。2階はファッション街、3階はレストラン街になっていました。ホテルに帰って夕食、カムチャッカという名前の地ビールを飲んだけど、味は今一つ。
朝早く起きて、今回の旅行のメインの目的である高山植物ウオッチングに出発です。乗り物はオフロード用の6輪駆動車。大型トラックの上にバスの客室が乗っている感じだけど、おそらく軍用のトラックを改造したもので、かなり高性能な乗り物です。ツアーのメンバーは10人だけど、それ以外に添乗員さん、通訳ガイド、花のガイド、山のガイド、昼ご飯係のおばさんと、たくさん乗り込んで出発です。
目的地はビリュチンスキー山(2173m)の近くにあるビリュチンスキー峠。最初の1時間ぐらいは舗装された幹線道路を走ったけど、そこから1時間半は未舗装道路。火山がいっぱいあるせいか、この近くに地熱発電所があるそうで、そこへ行く道路を観光用に使っているようです。いわゆるオフロードじゃないけど結構デコボコで、乗っているだけで疲れます。
峠に着いたら、そこから散策開始。花のガイドのおばさんと通訳ガイドのお兄さんが先頭に立って進み、花のガイドさんが「この花は○○、あの花は○○」と説明、通訳ガイドさんがそれを日本語にしてくれます。最初は写真を撮りながらふんふんと聞いていたけど、そのうちに記憶力のキャパシティーをオーバー。すると、状況を察した花のガイドさんは、今度は「これは何の花ですか、あれは何の花ですか」と質問してくる。まるで、高山植物学の授業を受けているような感じだけど、単に「きれいな花だな」と通り過ぎてしまうよりずっと楽しい。
花は、赤・ピンク・黄・オレンジ・青・白・紫などいろいろあり、大きな花から小さな花までサイズもいろいろ。千島・樺太がかって日本の領土だった時代もあり、カムチャッカは千島・樺太と植生はかなり近いため、高山植物もかなりの部分は和名があります。エゾ○○とかチシマ○○という名前の花も数多くありました。白黒写真ではちょっと紹介しづらいのが残念ですが、素晴らしいの一語につきます。
1時間ちょっと歩いてから、昼ご飯。チシマフウロ(千島風露)が一面に咲いているお花畑の中でサンドイッチと果物とヨーグルト、車で待っていたおばさんが大活躍です。気温は15度くらいととても涼しくて気持ちが良い。目の前には残雪が美しいビリュチンスキー山がドンとそびえており、360度山に囲まれて、景色も最高。
再び未舗装のデコボコ道を1時間半ほど走り、午後の目的地はバラトゥンカ温泉郷です。火山がたくさんあるのだから温泉も当然出るのでしょうね。行ったのはホテル併設の温泉プールのようなところで、更衣室やシャワーの設備はとてもしっかりしていました。男女混浴というか温水プールみたいなもので、当然水着に着替えて入ります。お湯の色はやや不透明な緑色で、プールの底は見えません。しかも、プールの端の方は背が立つけど、真ん中付近は全然背が立たないほど深い。かけ流しという話なのだけど、何となくレジオネラが心配。
観光客向けという施設でもないので、入っている人はロシア人が大部分。若い人もお年寄りも子供連れもいろいろいました。冬でもやっているそうで、気温がマイナス5〜10度の雪の中で温泉につかるのも気持ちがよさそう。今度はスキーでもやりに来たいですね。
朝早く起きて、また6輪駆動車で出発、目的地はアバチャ山の山麓にあるベースキャンプです。アバチャ山(2741m)はペテロパブロフスクから25kmと比較的近くにある活火山で、トレッキングでも有名ですが、今回は山登りではなく高山植物ウオッチングです。雨は降っていないものの天気は今ひとつで、残念ながらアバチャ山は全く雲の中。6輪駆動車は幹線道路を1時間ぐらい走った後、今日はそこから完全なオフロードに入りました。
火山灰が流れた川の河川敷を、そのまま6輪駆動車でどんどん上って行きます。川は、わずかに流れているところもありますが、大部分は流れていません。でも雨が降ると川になるのでしょうね。完全なオフロードなので、車に乗っていても何かにつかまっていないと飛び跳ねてしまいそうで、乗り心地は凄いとしか言いようがありません。2時間ぐらい走ったらようやくベースキャンプに到着です。道なき道なのですが、結構数分に1台はすれ違うほどの交通量で、ベースキャンプの駐車場も車は100台以上停まっていました。
そこからフラワーウオッチングのスタート。花のガイドさんと通訳ガイドさんの後ろについて、またまたお花の勉強です。ベースキャンプは標高800m程度なのですが、さすがにカムチャッカなので、周りには多少雪も残っています。花のガイドさんは朝からテンションが高く、「花は咲いていないけどこの葉っぱは○○とか、これは○○の花が散って実ができたところ」などとハイレベルな話まで出てきます。「うわっ、もう勘弁」というぐらい花の話を聞きながら、1時間ぐらい歩いて高山植物の観察を終え、ベースキャンプに戻ってきました。昼食はベースキャンプのレストランですが、オフロードを2時間も走ってきたところなのに、メニューにビールやワインがあるのは信じられません。
午後からは、また河川敷のすごいオフロードを2時間下って幹線道路まで戻り、次の目的地であるヴァチカゼツ山麓の方へ向かいました。ヴァチカゼツ山(1556m)は、ベトロパブロフスク市内から西へ80kmぐらいの距離で、標高450mのところにある湿地帯は高山植物の宝庫として有名です。幹線道路を曲がったらやっぱりそこからは未舗装道路で、でこぼこ道を走ること約2時間、途中でトリカブトの群生地を見学したのち、湿地帯の中の大きな沼に到着しました。
ビリュチンスキー峠やアバチャ山ベースキャンプ付近よりも標高が低く、しかも湿地帯の森の中を歩くので、植生が少し違います。町の中にもいっぱい生えているヤナギランやハンゴンソウもたくさん咲いていますし、クルマユリやアヤメ類も咲いていました。ただ、湿地帯の森の中を歩くので、虫がものすごくたくさん。防虫ネットを持って行って本当に良かったです。
沼の周りには高山植物がいっぱい咲いていて、しかも種類が豊富。花のガイドさんに「この花は○○、あの花は○○」と教えられても、ダメ生徒の頭はもうついてゆけず、もっぱら写真撮影に専念。沼の周りをぐるっと1時間半歩いて車のある場所に戻りました。
ウラジオストク市内観光1日、ペトロパブロフスク市内観光半日、高山植物ウオッチングがまる2日間という日程で、毎日2〜3万歩ぐらい歩きましたが、6輪駆動車に乗っている時間も長く、それほど疲れた感じはしませんでした。時差が3時間というのも大きいんでしょうね。
帰りは両便ともS7航空で、ウラジオストクで乗り換えて成田へ。それにしても、ロシアの飛行機のチェックインや入出国審査は遅いです。並んでいてもちっとも進まず、どうなっているのか心配になってくるほどです。それでも、朝ホテルを現地時間9時に出て自宅到着は日本時間6時、時差が3時間あるのでドアツードアで12時間でした。飛行機に乗っていたのは合計で6時間弱、カムチャッカはそんなに遠くはないところなんですね。