アラブ世界の音楽の歴史はとても古く、紀元前3000年のメソポタミア期のレリーフにも、すでにいろいろな楽器が刻まれています。ただ、アラブの文化とは何かということになると、やはりムハンマド以後のイスラム帝国の文化ということになってしまうのでしょう。
ただ、古代ローマがギリシアを滅ぼしたけれどギリシアの文化を受け継いだように、イスラム帝国も、ササン朝ペルシアを滅ぼしたけれど、ササン朝までのペルシア文化をかなりの部分受け継ぎました。このササン朝〜イスラム帝国の時代は、暗黒時代と呼ばれた中世ヨーロッパに代わり、この地域が世界の文化の中心地となっていました。
アラブ音楽の旋律に関しては、マカームと言っていろいろなスケールがあることが特徴です。いわゆる西洋音楽には、ドレミで始まる長調とラシドで始まる短調3種類の4種類しかありませんが、フラメンコ、ロマ(ジプシー)音楽、アイルランド民謡などは、独特のスケールを持っていますね。アラブ音楽には、このようなスケールの種類が数えきれないほどあり、しかもミの1/4音下、シの1/4音下の音など、西洋の平均律12音以外の音程が存在するので、とても複雑です。しかも、このマカームの理論は、すでにササン朝ペルシアの時代にその基礎は出来ていたと言いますから驚きです。リズムも、5拍子・7拍子・10拍子をはじめ、いろいろ複雑なリズムもあります。ヨーロッパ人は変則拍子と言うでしょうが、アラブ人に言わせれば、ヨーロッパには2・3・4拍子しか無いだけで、それ以外だって何も変則じゃないということなのでしょう。
北アフリカに住んでいる人々は、サハラ砂漠以南に住んでいる黒人と違ってベルベル人というコーカソイド(白人)であり、もともとヨーロッパ人やアラブ人とは人種的、文化的に近いものがありました。7〜13世紀に栄えたイスラム帝国の領土は、スペイン・北アフリカを含めた広大な範囲に及び、600年間も続いたわけですから、アラブの文化が北アフリカに大きな影響を及ぼたことは当然のことと思われます。北アフリカの音楽は、特にチュニジアからモロッコまで、マグレブ音楽という名前で特徴付けられますが、基本的な部分はアラブ世界とほとんど同じで、少しスペインのアンダルシア音楽(フラメンコ)やセファルディー音楽(ユダヤ音楽)が混ざり、少し物悲しい雰囲気があります。
世界の撥弦楽器(ピックで弦をひくもの)には、大きく分けるとネックの長いものとネックの短いものの2系統に分かれます。ネックの長いものは、紀元前3000年のメソポタミアの時代から存在しており、以来ずっと、ギリシア、ペルシア、トルコ、中央アジアの地域で使われてきました。一方、ネックの短いものは、紀元2世紀頃に、ササン朝ペルシアの支配下にあった西アジア・アフガニスタン地域が起源と考えられ、しだいにササン朝ペルシアでは、バルバトという名前でメジャーな楽器となって行きました。これが中国に伝わったものが琵琶(ピーパ)であり、さらに日本まで伝来したものが琵琶(ビワ)です。
バルバトは、ササン朝ペルシアがイスラム帝国にとって代わられると、その広大な支配領域に徐々に浸透してゆき、楽器も洗練されて名前もウードという風に変わって行きました。イスラム帝国の領土がスペインにまで及んだ頃、ウードはヨーロッパにも伝わりました。ルネサンス期にはリュートと呼ばれて、その後のヨーロッパのギター・マンドリンをはじめとした撥弦楽器のベースになって行きました。
ウードの弦は6コースあって、いちばん低い弦以外はマンドリンのように2本ずつの複弦となっており、頭部は琵琶と同じように大きく曲がっています。古い時代のウードには、ギターのようにネックにフレットが付いていたようですが、現在のウードのネックにはフレットがありません。これは、アラブ音楽には平均律12音以外の微分音があり、だからと言ってネックが短いためにフレットをたくさん作るわけにもゆかず、結局無しになったという経緯があるようです。自由に音が出せて良いということでしょうが、初心者には少しハードルが高いです。弦は、高音の2コースはナイロン弦、低音の4コースは金属巻きのナイロン弦で、現在のクラシックギターとほぼ同じです。
世界には、縦に吹く笛(尺八・ケーナなど)と、横に吹く笛(篠笛・フルートなど)と、斜めに吹く笛の3種類があるのですが、ナイは、その斜めに吹く笛です。ナイと同じ構造をした笛は、5000年前のメソポタミア時代から使われており、現在まで同じ形で使われている楽器としては世界最古のものと言って良いでしょう。ササン朝ペルシア時代に成立したアラビアンナイトでもナイがよく出てきますし、現在のアラブ音楽・ペルシア音楽では、ナイはメロディー楽器として欠かせないものとなっています。
ナイは葦で出来た長い笛で、傘の形をした唄口が付いています。吹き方が縦や横に吹く笛と違って斜めに吹くので、吹き方も難しいのですが、指孔の音程がとなりと半音ずつしか違わないので、指使いも難しいです。音域はかなり広く、低い音はややかすれ気味ですが、高い音はとても澄んだ素晴らしい音がします。
サントゥールは、クルミ製の台形の箱に多数の金属弦を張り、この弦をメズラブと呼ばれる細長い木製(地域のよっては金属製)のバチで叩いて演奏する楽器で、サントゥールという名前は、「100本の弦」を意味するペルシア語からきています。この楽器は、3000年前の古代バビロニアのレリーフにも登場する古くからある楽器で、現在は、イラク、イラン、トルコ、北インドなどで、同じサントゥールという名前で使われています。
西の方に伝わると、バルカン半島ではツィンバロムとなり、さらに西ヨーロッパに伝わるとツィターという名前の楽器となりました。ツィターは、後のピアノの原型となった楽器です。東の方に伝わると、中国の揚琴(ヤンチン)や朝鮮の洋琴(ヤングム)となり、江戸時代には明清楽の楽器として日本でも一時使われていました。
このサントゥールですが、アラブ地域ではしだいにカーヌーンという楽器に変化して行きました。台形の箱に多数の金属弦が張ってあるという基本的な構造はサントゥールと非常に似ているのですが、爪につけたピックで弾くところが大きく違います。アラブ古典音楽では、カーヌーンはナイ、ウードと並んで無くてはならない楽器となっています。
ダラブッカは、北アフリカ・エジプトからアラブ・トルコ地域で使われている打楽器で、西アフリカで使われているジャンベとともに、ゴブレットドラム(盃型をしたドラム)族と呼ばれています。盃型をした胴体の上側だけ皮が張ってある構造で、昔はヤギ皮が張ってあったのですすが、現在はプラスチックヘッドのものが主流です。両手で叩いて演奏する楽器で、最近はジャンベとともに、ポップス、フラメンコ、ラテン音楽などにも、パーカッションとして参加しているのをよく見かけます。