世界の民俗楽器と伝統音楽 〜トルコ・バルカン半島・中央アジア〜

世界の民俗楽器と伝統音楽 〜トルコ・バルカン半島・中央アジア〜 R2年


1.トルコと中央アジア

今回は、まずトルコ・バルカン半島・中央アジアが、なぜ音楽的に関連性があるのかというところから話を進めましょう。トルコという国の成り立ちですが、古代ギリシア時代にはギリシアの支配領域で、その後はローマ、そして15世紀までは東ローマ帝国の領土でした。つまり、トルコ(アナトリア半島)はもともとギリシア人が住んでいてギリシア語が話されている地域だったわけです。7〜13世紀のイスラム帝国があった時代も、トルコはイスラム帝国の領土ではなく、トルコのイスタンブールを首都とした東ローマ帝国の領土でした。

しかし、モンゴルの西進とともに、中央アジアの大草原地帯(現在のカザフスタン〜ウズベキスタン)に住んでいたテュルク人が、現在のトルコ地域に進出しました。そして、テュルク人の一部が建てたオスマン帝国(トルコ)がどんどん強くなると、東ローマ帝国を滅ぼし、イスタンブールを首都として領土をバルカン半島にまで広げました。結局、現在のトルコ人は、もともとのギリシア人・トラキア人とテュルク人が混血してできた民族で、文化的にはアラブの影響を受けていますが、実際にはアラブより中央アジアにつながりが強く、人種的にもコーカソイド(白人)に属しています。

また、東ローマ帝国からオスマン帝国の時代までの1500年間、戦争で支配者が変わっても、バルカン半島とトルコはずっと同じ国に属していたわけで、文化的にも密接なつながりを持っていました。特にハンガリーやブルガリアは、トルコよりもう少し前に中央アジアから西進したテュルク人が南スラブ人と混血してできた地域であり、遺伝子的・文化的にもトルコ人に近いものがあります。結局、トルコとバルカン諸国は、キリスト教とイスラム教と宗教は大きく違っているにもかかわらず、文化的な共通性があり、民族音楽のメロディーや使われている楽器はとても良く似ているという、面白い状態になっているわけです。

2.カヴァルとネイ

世界には、縦に吹く笛(尺八・ケーナなど)と、横に吹く笛(篠笛・フルートなど)と、斜めに吹く笛の3種類があるのですが、カヴァルやネイは、その斜めに吹く笛です。すでに5000年前のメソポタミア時代から使われており、現在までずっと同じ形で使われている楽器としては、世界最古のものと言って良いでしょう。

バルカン半島ではブルガリア・マケドニアでカヴァルが使われ、トルコではカヴァルとネイの両方が、アラブ・イランではネイが使われています。写真の一番上がネイですが、葦で出来ていて唄口に傘の形をしたものが付いています。下の2つはカヴァルで、管の材質は木製で唄口は管そのままになっています。ただ、吹き方や指使いは全く同じです。 ブルガリア(キリスト教系)の羊飼いが星空の下で吹く笛と、トルコの人たちがモスクで演奏する楽器がほぼ同じで、両者の民謡のメロディーも何となく似ているというところは、何だか古い歴史の流れが感じられます。

3.ドゥドゥク

ドゥドゥクは、紀元前1200年頃から中央アジアで使われ始めたダブルリードの木管楽器で、現在最もよく使われている国は中央アジアのアルメニアです。アルメニアは周囲をイスラムの国に囲まれていますが、紀元301年に世界で始めてキリスト教を国教とした国として知られ、現在でもアルメニア教会(キリスト教系)の信者がほとんどです。このドゥドゥクも、コーカサス地域・中央アジアからトルコ・バルカン諸国まで、キリスト教とイスラム教の国の両方で幅広く使われています。

ドゥドゥクは木製(杏の木)の直管にリードが付いた形をしていますが、ダブルリード楽器の中でも特にリードが大きく、私もひとつ持っていますが、くわえると口の中がリードで一杯になります。そしてこの楽器は、中国に伝わって管子(ガンズー)という楽器となり、さに6世紀ごろ日本に伝わって、篳篥(ひちりき)となってゆきました。

4.ズルナ

世界にダブルリードの木管楽器は2系統あり、ひとつは前述のドゥドゥク、そしてもうひとつはズルナです。ズルナは、古代ペルシア時代に作られたスルナイ(スル=祭り、ナイ=笛)が起源ですが、古代から現在までほとんど基本構造は変わっていません。
トルコでは、トルコ軍楽(メフテル)に無くてはならないメロディー楽器ですし、ブルガリア・マケドニアなどのバルカン諸国にも広く分布しています。また、アラブ諸国ではスルナイ、エジプトではミズマール、インドではシャーナイなど、名前は違っても構造がほぼ同じ楽器がよく使われています。

形は、末広がり(ラッパ型)の木でできた管にリードが付いている構造ですが、同じダブルリード楽器でも、ドゥドゥクに比べるとリードはとても小さく、そのせいか音域はドゥドゥクよりも広いです。音はすごく大きく、スルナイが「祭りの笛」という意味であるように、屋外で使われることがほとんどのようです。

このズルナは、ヨーロッパに伝わるとショームと呼ばれる楽器になってゆき、ショームはしだいにオーボエやファゴットに発展してゆきました。また、ズルナは中国に伝わると??(スオナー)と呼ばれ、安土桃山時代には日本にまで伝わってチャルメラとなって行きます。
スオナーもチャルメラも、基本構造はズルナとほぼ同じです。日本の流しの屋台でチャルメラが使われるようになったのは、江戸時代後期からのようですが、現在の東南アジアの移動屋台でもスオナーが使われるケースが結構あるらしいです。

5.サズ

撥弦楽器とはピックや爪で弦をはじく楽器のことですが、世界には大きく分けて、ネックの長いものとネックの短いものの、2つのグループがあります。ネックの長い方は、古くはメソポタミア時代のレリーフやエジプトのパピルスにも描かれており、古代ギリシア時代には、パンドゥーラという名前で吟遊詩人によって演奏されてきました。
サズは、この長いネックを持つ古くからある撥弦楽器のひとつで、トルコからバルカン諸国、イランなど、広い地域で使われています。弦は7本ありますが実際には3コースで、2本ずつが2コースと3本が1コースです。

これが元の時代に中国に伝わると三弦(サンシエン)という楽器となり、琉球に伝わって三線(サンシン)、そこから日本に伝わって三味線へと発展してゆきます。インドではパンプーラという名前で、インド古典音楽にはなくてはならない楽器のひとつとなっていますし、アフリカに伝わったものは黒人奴隷とともに北アメリカに渡り、バンジョーの原型となってゆきました。

サズのネックにあるフレットは、トルコやアラブの微分音(1/4音)のせいで均等ではなく、フレットの押さえ方はギターなどとはかなり勝手が違います。ギリシアの国民的民族楽器であるブズーキは、比較的近代にサズから派生したもので、構造は非常に似ていますが、フレットは平均律チューニングになっているので、もう少し分かりやすいです。

旧ユーゴスラビア出身のシンガーソングライターのヤドランカさんが歌っていた「誰かがサズを弾いていた」という曲が、2011年にNHKのみんなのうたで放送され、日本でもサズという楽器がちょっと知られるようになりました。